ザッツイズ
☆浪漫


「おま…っ、何やってんだよッ!?」
「あら、恋次」


それはある晴れた日のこと。
その日、1時間足らずで瀞霊廷内へ爆発的に広がった"とある噂"を耳にして、
瞬歩並みの足取りで四番隊救護室へと駆け付けた恋次のこめかみには、
絵に描いたような見事な青筋が立っていた。


「何だか息が上がってるみたいだけど…どうかしたの? 風邪?」
「んなこたァどうでもいいんだよ!!」
「は…?」


そうして救護室の戸を半ば蹴り開けて仁王立ちした恋次は、
荒いだ呼吸と真っ赤な顔もそのままに、ビシリとの身体を指差しこう叫んだ。


「───今すぐ脱げ!!」


聞き様に依っても依らずとも、立派な問題発言である。

けれど彼がそうして全力で動揺しているのにもワケがある。
は本日、非番である。
非番に、どうしてか四番隊の職務を手伝っている。
ルキア同様に治癒霊力も併せ持っている、また無駄に人の良いが、
四番隊の手伝いをしていること自体はさほど理解できないものではない。
しかし。
しかしだ。
問題はそこではないのだ。
四番隊の職務といえば死神の治療か瀞霊廷内の雑用かであり、
眼前のは当然のように前者を手伝っている。
ともすれば現在位置は他にあるわけもなく四番隊の救護室。
さもすれば生真面目なが非番だとか他隊だからといって服職規程に従わぬはずもなく。


「どうして?
 折角、卯ノ花隊長が貸して下さったのに…」


結果、は桃色の看護婦服を身に付けていた。

四番隊の看護婦服とくれば、瀞霊廷内の男にとっては浪漫の象徴である。
桃色の柔らかな素材の生地。
大腿半ばの短いスカート。
独特の帽子。
動きやすいようにとの配慮から、どうしたって身体のラインが鮮明になるその造り。
そして、そんな男の浪漫を見事に着こなしたの周囲には既に、
動悸やら息切れやら目眩やらと病状は種々様々な、
しかし皆一様に、自らの足でもって全速力で救護室へと駆けて来た、
自称・急患な死神達で溢れ返っていた。


「ナースさん、急患でっす。手当てしてやー」
「市丸隊長…」


そうして此処にも、例にも洩れず自称・急患な死神が一人。
三番隊隊長、市丸ギン。
ひょっこりと、実に軽やかな足取りで登場した狐顔に、
恋次だけではなく、周りの自称・急患な一般死神もが皆一様に、
『やっぱり来やがったよ…!!』と生唾をごくりと飲み下した。
本当に良い意味でも悪い意味でも期待を裏切らない男である。
対してはといえば、彼らとはまた違った意味合いでがくりと頭を垂れていた。


「どうして貴方がこんな処に来るんです…」
「そりゃ具合が悪なったに決まってるやん」
「見てからに健康そのものでしょう」
「看護婦さんに予断は禁物やで」
「一応、尤もそうなことを言ってらっしゃいますが。
 煙に巻こうとしても駄目ですよ」
「一応て。ほんまやよ。胸が苦しくて仕方無いねん」
「はぁ…」


でしたら卯ノ花隊長を呼んで来ます、と。
救護室の奥へと身を返そうとしたの細い腕を、男の大きな掌がはしりと掴む。
まるで予定調和のような拘束に、振り返ったの眉根は控えめながらも顰められていた。
それを見てギンはにっこりと笑う。


「そう、これは恋の病や。
 この胸の痛みを治めるには…君の愛が必要なんや」


何言ってやがるコイツ。
思ったのは勿論恋次だけでなく。


「ちゅーワケで、おあつらえ向きにもベットもあることやし早速…」
「ちょっと待てコラァ!!」


の腰へと腕を回し、ぐっと引き寄せた市丸。
またそれをベリリと引き剥がすと、ちゃっかりを抱き込んでそれを阻んだ恋次。
とりあえず周囲の死神達は恋次の勝利へと心中盛大な拍手を送った。


「何やの」
「『何やの』じゃねェ!!」
「此処は救護室やよ。大声出すんなら余所行きや」
「テメェこそセクハラかますなら他でやれ…ッ」
「せやったら早速他行こか、ちゃん?」
「テメェ一人で行けってんだよ!」

「あら朽木隊長」
「おやまぁ」
「く、朽木隊長ッ!?」


自称・急患、でこそないが。
やはりの看護婦姿につられて詰所を出て来たのだろう、
自隊の隊長の登場に恋次は今度ばかりは本気で目眩を覚えた。


「隊長? 何か御入用でしょうか?」
「いや…」
「では何処かお加減でも?」


しかしどうやら人徳の差であるらしい。
否、むしろキャラクターの差か。
とりあえず顔を出したが早々疑いの眼差しを送られたギンがブーブーと口を尖らせる。
それを冷たく横目に一瞥・黙殺した白哉はの視線を真正面から捉えると、
至極淡々とした事務的口調で言った。


。隊長命令だ」
「え?」
「早急に屋敷へ戻るぞ」


内容はとてつもなく職権乱用な代物であった。


「な、何言ってんスか、朽木隊長!?」
「せや。何言うとんねん。このムッツリ鉄皮面」
「アンタが言うか…」
「失敬な。僕は六番隊の隊長はんみたいにコソコソしてへん。
 僕はオープンに助平やからね!」
「威張ることじゃありませんよ、市丸隊長…」


何でこんな隊長格密度が高いんだよ此処。
周囲の死神達の心境はまさにそれである。

そうこうしている内に、冷たい火花を飛ばし出したギンと白哉に恐れをなして、
一割程度の死神達が懸命にも救護室を後にしたが、
しかしその後、野次馬に顔を出した修平や一角、弓親、乱菊に桃といった女面子、
胃の辺りを握り締めてギンを連れ戻しに来た病人適格二重丸なイヅルも合流したりと、
もはや救護室はてんやわんやの大賑わい状態である。

が、しかし。


「───やぁ、随分と楽しそうだねぇ」


穏やかでのんびりとしたその声に、ぴたりと止んだ賑わい。


「しかしここは救護室なのだから、大声で騒ぐのは関心できないな」


にっこり、と。
その笑顔は普段のそれと何一つ変わらない代物であるはずなのに、
どこか威圧の拭えないそれは、見事に部屋の内外問わず背筋という背筋をぎくりと凍らせた。


「藍染さん」
「やぁ。君は今日非番だと聞いていたが?」
「ええ、そのつもりだったんですが…卯ノ花隊長に頼まれまして」
「そうか…でも無理をしてはいけないよ」
「はい、判っています」


穏やかな威圧による周囲の硬直具合も何のその。
登場したが早々にもほのぼのとその仲睦まじさを披露、もとい周囲に見せ付けた藍染。
げに侮り難しは眼鏡の策士か。
のほほんとした二人のやりとりを眺めながら、
周囲一同は惣右介の巧みな戦法にやはり感心を覚えざるを得なかった。


「さぁ、皆も仕事に戻りなさい」


そして結局。
先程の笑顔による迫力を抜きにしても、常より優しい上司の言葉には逆らえず。
また今度ばかりは普段のぬくみに満ちた笑みを浮かべた惣右介に言われて、
死神達はとぼとぼと自分の隊の詰所への帰路へと着き始めた。
これこそ、まさに人徳の為せる技であろう。

しかし。


「ほら、君達もだよ」


そんな人徳による促しにも応じない輩が3人。
それでもその内の一人である副隊長の心境は何となく理解できるものだから惣右介は、
留まり続ける隊長2人に向かって再度笑みを向けた。


「朽木君、市丸」
「嫌や」
「兄に命じられるところではない」
「市丸隊長(と朽木隊長)がこの場に居る限り、の身の安全が保証されません!」


三者三様の反応。
それに一度目を閉じて「ふむ」と唸った惣右介。
考え込むように数秒を過ごし、ふっと瞼を上げると「、着替えておいで」と告げる。
突然の物言いに首を傾げつつも「卯ノ花君には僕から言っておくよ」と笑う惣右介に、
「判りました」と一つ頷いては救護室の奥へと姿を消した。
ともすれば一方は赤ら様に、もう一方は鉄皮面の下でと舌打ちしたのは言うまでもない。


「…さて」


そしておもむろに。
意識して低められたその声に、場の空気が軽く5℃ほど下降する。





「───『寄るな、見るな、が減る』とでも、この僕に言わせたいのかい?」





ふっと。
言動不一致にもしっかりと瞳を覗かせ細められた眼が、
とにかく笑ってない笑みを敷いて惣右介は、
聞き分けのない同僚二人に最終宣告を突き付けた。





「ふふ、その辺りにしておいて頂けますでしょうかしら藍染隊長?
 お気持ちは判りますけれど、そろそろ殺気の方を抑えて頂かないと、
 あまりの悪寒に、奥の患者達の症状が悪化してもいけませんから」
「そうは言うけれどね、卯ノ花君」
「ええお叱りはご尤もです。
 けれど、彼女が手伝ってくれると救護室が繁盛…もとい、
 ウチの隊の稼働率がそれはもう気持ち良く上がるもので」


───確信犯だよ、この人。

姿を現すや否や、いつになくそこはかとない黒い笑みを浮かべる卯ノ花に、
男達は藍染からの殺気とはまた別の何かを感じて背筋をうすら寒くした。


「すぐに貴方の大切なさんはお返ししますから」
「そうして貰えると助かるよ」
「彼女の自主性は最大限に尊重したい、そんなところですか?」
「判っているのなら金輪際彼女に手伝いを頼まないで欲しいものだがね?」


うふふ。
あはは。


「お待たせしました…───って、何かあったんですか?」
「いいや、何も?」
「ふふ。ええ、何もありませんよ?」
「そ、そうですか…」


普段とは何処か違う二人の笑みに多少たじろぎつつ、
奥から死覇装で戻って来たの手を取り、惣右介はそっとその手を繋ぎ取る。
人前では珍しいその人の行動に、ほんのりと頬を染め目を見張った
それに惣右介はふわりと笑みを落として「では行こうか」と出口に向かって身を翻した。

しかし。


さん、今日はお疲れ様でした」
「いいえ」
「良ければまたお願いしますね」
「ええ、喜んで」
「………。」





どうやら軍配は卯ノ花に上がったようだった。



本誌がアレなんで、こんなギャグもたまにはいいかなぁと。