「どうだろう、今日一日僕と現世でデートしないかい?」


それはその人のそんな一言で始まった。


感情変数


「………………ええと」
「はは、今回はまた随分と固まってたねぇ」
「す、すみません」


あまりの突拍子の無さに、あまりに甘い単語の羅列に素で驚いて、
「固まりもします」なんていう台詞すらも思わず飲み込んでしまった。


「どうかな?」
「どうかなって…それはとても嬉しいお誘いではあるんですけど…」


現世に降りるということは何かしらの任務があって赴くということ。
任務であるとすればどうしたって義骸が支給されることになる。
ともすれば義骸を使用してどこかへ行こうということなのだろうけれど。


「規則違反では…」


虚滅却と緊急回避以外への義骸の使用は規則違反だ。
重くはないが、きちんと相応の処分も用意されている。
しかし実際はどうかといえば死神の多くが、
それらを無いものとして現世で楽しんでいることも確かだなのだけれど。

そして藍染さんもあながち"その他"というわけじゃない。
自隊、他隊に関わらず、些細な程度のものであれば目を瞑ってあげているし、
藍染さん自身も時折、任務のついでと現世から様々な古書を持ち帰って来ている。


「大丈夫、なんですか?」


けれどそれらは皆ささやかな個人での楽しみの範囲、現世に影響を及ぼさない範囲、
総隊長が笑い飛ばして黙認して下さっている範囲でのことだから許されるのであって。
さすがに、その、デートなんていう丸っきりの不当目的に義骸を使用するのは、
少し度が過ぎてしまっているのではないかと気が引けてしまうわけで。
藍染さんだって、頭を打ったでもなければ、
それぐらいのことは今更確認するまでもないだろうし、
それでいて尚こうしてにこやかに誘ってくれたからには、
きっと何かしらの考えがあるのだろうと、
思ったからこそ敢えて「それは問題でしょう?」ではなく、
「大丈夫なんですか?」と聞き返したわけなのだけれど。


「うーん、まずいだろうね、おそらく」
「おそらくって…そんな他人事みたいに…」


返ってきたのはそんな呆気らかんとした返事。

おそらくどころか確実にまずいこと間違い無しだ。
だというのに、小さくふむと唸って利き手を口元へと添えると、
どこか斜め上の方へと視線を流しながら、
何てことはなく、本当にのほほんとそんなことを言う藍染さん。
時折だけれどこの人は、こうしてまったりと度肝を抜いてくれるようなこと、
至極穏やかな表情と口調で言ってくれたりするものだから。
おかげで私は、惚れた弱みも抜きに、
こうして柄にも無くいたく動揺しなければならない。

無論それが嫌なわけじゃない。
むしろ幸せだと思えるものの一つであったりするのだけれど。


「もしばれてしてしまったらどうするんです?
 私は平隊員だからいいとしても、藍染さんは隊長という重大な役職にあるんですよ。
 隊長格ともなれば、処分も平とは大分違ってずっと重いものになるでしょうしそれに…」
「まぁその時はその時かな」
「………今日はまたどうして、いつになくそんなにも楽観思考でいらっしゃるんですか…?」


ああ、もう本当に。
目眩を通り越して頭痛すらしてきた。
時に三番隊隊長をも比としないその言動に、私は振り乱されるばかり。

なのに。





「それはまぁ、もし処分が下されて最悪除籍されてしまったとしても君と一緒だからね」





なんて、私のささやかな幸福を更に煽るかのように、
貴方はまた穏やかに笑いながらそんなことを言うから。





「そうすると一緒にクビになるわけだから、
 後生は君と二人、流魂街でゆったりと過ごせるわけだ」





判ってる。
判っているんです。


「ということで…どうかな?」


今の私の顔は、まさに茹でタコもどきで。


「…負けました」
「はは、ありがとう。それじゃあ早支度をしないとね」


両手でもって、目には見えない白い旗を掲げてしまっているんでしょう。


「特に行きたい場所なんかあるかい?」
「そうですね…なら藍染さんの"行きつけの場所"に行きたいです」
「そうか。それじゃあまずは遊園地かな」
「はい…───って、ええ!?」
「あはは、冗談だよ。本当に良い意味で砕けてきたね、
「誰のせいだと思ってるんですか…」


私を、良い意味でこんなにも不安定にする貴方。
それでいて、同時にこんなにも安定させる貴方。


「…藍染さんのせいですよ」
「それは光栄だね」


そんな貴方となら。
貴方さえ傍に居てくれるのならば。
バレてしまったとしてもそれはそれでいいか、なんて。





「有り体な言い回しで恐縮だけど…勿論、全責任は一生をかけて取るつもりだよ」





思ってしまったのは、この胸の内のみぞ知る。



ちゃっかりどっきりプロポーズ。
(他にコメントのしようは無いんか)