恋の花に
愛のつぼみ


「おいで、


桜舞い散る風の中で。
振り返り、軽く両腕を広げて微笑む貴方。


「ほら、おいで」


柔らかにその眼差しを細めて。
躊躇う私を、それこそ優しく待ち望んでくれるその両腕。





何も知らない子供のように。
無邪気にその腕の中へと飛び込めたらとも思うけれど。
それを実行するには、もはや私は世の多くを認め過ぎていて。


「おいで」


かといって。
堂々と、貴方のその首へと両腕を絡められるほどに私は、
この甘やかな、それでいて酷く切実な感情への慣れも免疫も無く。


「…そんな穏やかな笑顔で誘惑しないで下さい」
「はは、普段は僕が誘惑されてばかりだからね」


生きていた間にも、そして死んでからも。
この方、たった一人の人に自分の感情をこれ程までに強く認識した経験なんてなかったから。
正直、扱い方が判らない。
こんなにもこの人のことが好きなのだと、そう実感する度に。
本当にどうしたらいいのか判らず、混乱してしまう。


「だから、ほら」


けれど貴方は。
こんなにも手間の掛かる私を見捨てたりせず、
いつだって穏やかに微笑って私が追い付くのを待っていてくれる。


「早くおいで」


そして浅ましい私の、なけなしの決心を端からさらさらと崩すのも、
いまだこの甘やかな感情に絡め取られてるばかりで、
上手く処理できず溺れる拙い私を掬い上げてくれるのも、
やはり貴方のその笑顔と、温かな両腕で。


「でないと…先に僕が君を抱き寄せてしまうよ?」


そしてまた、貴方はそんな風に上手になんて甘やかすから。


「ほらおいで、僕の


凭れ掛かるように。
その胸へと擦り寄る。





「…好きです、藍染さん」





一つ大きく脈打った、貴方の心臓の上へと。





「───君は…まったく、不意打ちと言うんだよそれは」
「ということはしてやったり、ですね?」
「こら」


鼓膜を直接にくすぐる、笑んだ深く低いその声。
この身体に沁み入ってくるような心地良い、その心音。


「藍染さん」
「何だい?」
「藍染、さん…」
「はは、どうせ甘えて呼んでくれるのなら下の名前で呼んで欲しいね」
「え、あ…その」
「ん? 聞こえないよ?」
「………藍染さんって人とは多少ずれたところで意地悪ですよね…」


薄白桃色に染まる世界で舞い散り揺らめく、雪色の花びら。
この身を清め、浄化されるような感覚。
目も眩むような視界。
酔いにも似た甘やかな目眩。
そんな桜に霞み、全ての輪郭がぼやけた世界の中でも貴方のその存在だけは確かで。





「───惣右介」





在るのは、ただただ愛しい貴方の笑顔。





「…さん」
「あはは。まぁゆっくり行こうか」
「す、すみません…」
「謝ったりなんてしなくていいんだよ」





そこに在る確かな幸せ。
自分という、幸せな存在。





「僕は今、とても幸せなんだからね」





愛しい、貴方。



暦の上では春到来ということで。
そんなわけでこっそりと同志のひみつ。さんへと押しつけたり。(どんなわけよ)
雪見酒ネタはまた後日に…!(笑)

image music:【眩暈】_ 鬼束ちひろ