貴方がいてくれさえすれば
私は息ができる

私は貴方の存在だけで安堵できる

それは空気のようで、といえば
決して間違いではないのだけれど
けれど正しくもない


そう、それはきっと…


想い占めて





特等席の縁側の柱に身を預けた藍染さんはゆったりと私の名を呼んだ。
その視線は庭へと注がれてはいるが、実際に何を見ているのかは判らない。


「はい、なんでしょう?」
「僕達は出会うまでに随分と掛かったね」
「え?」


いつになく突拍子もないの発言に、一瞬思考が完全に停止してしまった。
対して藍染さんは相変わらず穏やかに何かを見つめたまま。


「ええと…」


どういう意味で、どんな時間が、どのように掛かったというのだろうか?
尸魂界へと魂葬され、死神になって五番隊に配属され出会うまで、という意味だろうか。
それならば、確かに副隊長の桃やその他古株の面々と比較すれば、
『時間がかかった』とは言えるだろう。
しかしそれは比較した場合であって、ただ単に『時間が掛かった』とするとどうだろうか。


(それにしても……無意識にも桃のことを意識してるのね、私)


桃は大切な友人の一人だ。
今のこれだって嫉妬には至らない些細な感情だけれど。
私の知らない長い時間を藍染さんと過ごして来たのだと考えると、
妬むとまではいかずとも、羨むような感情を持ってしまうのは確か。

そうこうと考えている内に随分と論点のずれていってしまった思考に、
何やら妙に形容し難い気分になっていってしまった。


「三十年弱…もっと言えば五十年以上にもなる」
「ええ?」


何て間抜けな声。
気付けば藍染さんはしっかりと私の方を見ていて、声を立てて可笑しそうに笑っていた。
…恥ずかしい。
両頬が熱を集めてるのが自分でも良く判る。
これでは普段信条としている泰然自若の心構えも何もあったものじゃない。


「はは、そんなに難しく考えなくても良いんだよ?」
「はい…」


本当にこの人は、とても良い意味で私を壊し、砕いて、崩してくれる。
どんな理由があれ人の死を日々の糧に生きてきた私を、こんなにも醜い私を、
その一切から目を逸らさず、一切を損なわずに、その全てでもって受け止めてくれる。

優しい貴方。
温かい貴方。
貴方はいとも容易く私を『否定』し、同時に『肯定』してくれた。

私を、私足らしめてくれた。





「一体、僕達は今までどうやって過ごしてきたんだろうね…?」





ああ、本当に。
貴方に出会うまで、私は一体どうやって生きてきたというのか。





「そうですね…私は、私達は一体どうやって過ごしてきたんでしょうか…」





貴方、無しに。





「本当に長かったね」
「…はい」


そうしてようやく藍染さんの意図を理解できた私は、
真正面からその穏やかな視線を絡め取ることができた。
午後の陽射しに溶けるかのように藍染さんはふわりと笑う。
自然と溢れてしまう笑み。


「でもね、


そして。





「それでも僕は、充分待った甲斐があったと思うよ」





本日3度目の間の抜けた顔。
もうこれは新しい座右の銘でも用意しておく必要があるかもしれない、なんて。
そんな私の心中を知ってか知らずか、藍染さんは軽く声を立てて笑う。


「そうは思わないかい?」










貴方は空気のように私を生かし
私を殺すことができる

それでも貴方を、素直に『空気』と思えないのは





それはきっと、私の『独占欲』という代物のせいなんでしょうね



空気はどこにでも、誰にの傍にも等しく存在するものだから。