今日は巡回中に、懐かしい人達に会った。
自分が死神として初めて配属された五番隊の藍染隊長に、副隊長の桃。
立ち話にも、思わずして楽しい一時を過ごしてしまった。
言葉と共に触れる、二人のその笑顔と優しさはあの頃と全く変わっていなくて。
変わらないということがとても温かかった。


「───それじゃあ、僕達はそろそろ失礼するよ」
「はい。あまり無理はなさらないで下さいね、藍染隊長」
「はは、ありがとう。けれどそれはお互い様だよ、君」
「じゃあね、ちゃん!」
「うん、またね桃」


別れ際に一抹の寂しさなんてものを感じてしまうのはやはり。
五番隊にまだ多少なりとも未練とでもいうべき感情が残っているからなのだろう。
恋次との初めての任務、ルキアとの再開。
そして隠し通してきた自分の力量を晒してしまったあの日。

良くも悪くも、思い出の多くは五番隊にあるから。


「───
「…朽木、隊長?」


と。
そんな回想に浸っていれば、不意打ちまがいに背後から呼ばれた自分の名。
わざわざ振り返って確認するまでもない。
声の主は、現在自分が所属する六番隊隊長の朽木白哉、その人。

低く、透いた、良く通るその声に。
じわりと胸に広がる甘やかな熱。


「………」
「隊長? どうかしましたか?」


自分から声を掛けたというのに、後に続く言葉が無い。
それどころかその視線は自分にではなく、
先程藍染隊長と桃が去って行った方向へと注がれていた。

柔らかな夕日が、朽木隊長の整った横顔を薄く染める。


「五番隊が恋しいか」
「…聞いて、いらしたんですか?」


断定なのか疑問なのか、いまいち判断し難い淡々とした口調。

この人は滅多な事でも無ければ、同じ事を二度とは口にしない。
同様に、答える必要も義務も無いと判断した事柄についても絶対的に口を開かない。
見れば朽木隊長の形の良い唇は綺麗に引き結ばれたまま。
どうやら私の質問に答えるつもりは毛頭無いらしい。


「そうですね…」


そしてこの人は不要なものを、無駄なものの一切を嫌う。
ついで物事は常に簡潔であることを良しとする。
だから思考にさえも間を使い過ぎれば、すぐに見切りを付けて私へと背を向けるだろう。
なるべくならそれは避けたい。
けれどいまいち意図が掴みきれないその問い。
何と答えるべきかと思考をフルに回転させるけれど、結局見当の欠片もつかず。


「恋しいというよりは、懐かしいといった感じですね」


素直に、在りのままを。
そう、口にしてみた。


「ならば、五番隊へと戻りたいと思うか」


答えればそれについての反応は無く、更に畳み掛けられる新たな問い。
自己完結、自己中心ともとれるそれらは嫌悪感を伴うかと言えばそんなことはなく。
むしろそれらがあって初めて朽木隊長が成立するというか、
でなければ、しっくりとくるとでも言うのだろうか。
一種、魅力か何かの吸引力となってしまっているように思える。

そんなことを考える自分は相当重傷なのだろうと思うことも事実だけれど。


「いいえ」
「…そうか」
「朽木隊長…?」


けれどまた、どうして急にそんな事を言うのだろう。
直接の原因はおそらく、私が藍染隊長達と話していたのを見てのことなのだろうけれど。
その人らしからぬ台詞の連続に自然と眉根が寄る。
無駄とは知りつつも、その心情の端でも垣間見ることができないものかと、
微塵の隙も無く整ったその表情を窺うべく視線を重ねてみた。

そこにあったのは普段と何一つ変わらない静かな双眼。
揺らぎの無い、限り無く温度の低い瞳。



「はい」


凛として佇む、六番隊隊長の表情。


「私の元へ来たことを悔いているか」


それは。
それはつまり。
暗に、引き抜いた自分を恨んいるのかと。
お前から大切な場所を奪った自分を憎んでいるのかと。
要するにそういうことで。

だから。
ならば。


「いいえ」


私は恨んでなどいないから。
憎んでなどいないから。

貴方の元へ来たことを、悔いてなどいないから。


「…何故に笑う」
「すみません。でも…」


むしろ。


「貴方の傍らへと居られることこそが、今の私にとって最大の誇りですから」


貴方の元へと来れたことに。
貴方という唯一人の人に巡り会えたことに。
そしてこうして今も貴方の傍らへと居られることを。

これまでも、そしてこれからも。
今この瞬間だって、貴方を愛おしく思わずにはいられないというのに。


「…そうか」
「はい」


三度目にしてようやく、私の回答へと一言ながらも反応を示したその人は、
ゆったりと自分に背を向ける。
向けて、またもや実に簡潔に「行くぞ」とだけ言葉を発すると、
私の意見や意志など完全に無視して歩み出した。

私も軽く小走りで後を追う。


「…何だか、言わされてばかりな気がしますね」


一歩前を行くその人から、やはり返事は無い。


「朽木隊長に甘過ぎるんでしょうか、私…」
「───足りんくらいだ」
「…え?」


空耳、だろうか。
またもや彼の人らしくもない台詞を聞いたような気がする。
それも酷く甘ったるい言葉を。


「朽木隊長、今何て…」


答えてなどくれるわけがない。
同じ事を二度と口にすることをこの人はとても嫌うから。
振り向いてなどくれるはずがない。
不要なものを、無駄なものをこの人はとても嫌うから。

だから。
今こうして思わず羽織を掴んでしまったこの手だってきっと、
ちらりと一瞥された後に、歩み続けるその勢いに無言で振払われるはず。

はずだったのに。


「何て顔をしている」


気付けば、先程まで背を向けられていたその人と正面から向き合っている自分。
延ばされる腕。
繊細な、けれどしっかりとした男の指がこの頬へと触れる。
ふわりと顎を持ち上げられる。
容赦無く目線を絡め取られる。

白い肌、涼やかな目元、深沈と静まった双瞳。


ああ、綺麗。





「足りぬと、そう言った」





唇へと触れた、愛しい感触。





「───…ん」


注がれる、甘やかな口付け。


「ぅん…」


気付けばこの手は白い羽織を握り締めていた。


「───…朽、木隊長…」
「何だ」
「まだ、足りませんか…?」


そして彼の人は。
愛しい人は。


「ああ、足りんな」





言って少しだけ、ほんの少しだけ口元を緩めた。
ような、気がした。



五番隊からは、朽木隊長自らの御指名で引き抜かれてるんでこんなSSに。
甘ーい、兄様甘過ぎるよー(ヤケ)