対岸の火事、とは。
まさにこの事だと思う。


君が故


「テんメェ…! 殺す! ギタギタにのすッ!!」
「はんッ、やってみるが良い!このおもしろイレズミ眉毛様がっ!」
「マジで殺す…ッ、何がなんでも殺してやるッ!!」


黒い漆塗りの卓を挟んで火花を散らし、この上無く物騒な歪み合い繰り広げられて早数十分。
来る者にとって、一時の憩いの場であるはずの茶屋・甘味処の青畳みの上で、
先程から剣呑なオーラ全開でがなり合うのは二人の死神。
尸魂界からの馴染みで親友の朽木ルキアと阿散井恋次。


「ね、ねぇ、ちゃん…」
「何?」
「これってそろそろ止めた方が良いんじゃ…」


そして緑茶を啜りつつ完全に傍観へと撤する私の隣で、
こうしておろおろと事の成り行きを見守っているのは、
その細腕とおっとりとした性質には良い意味で見合わず、
五番隊副隊長という随分な肩書き持っていたりする雛森桃。


「ああ、いいのよ。いつもの事だから」
「い、いつもの事なの…?」
「そう。いつもの事」


そう、いつもの事なのだ。
こんなもの日常茶飯事と言ってもいい。
ただその都度、言い合いのきっかけと理由が多少違っているというだけのことだ。


「しかし、毎度の事ながら飽きないわね…」


そんなこんなで本日の議題。
(という名目の口論の原因)

───たい焼きと白玉ぜんざい、どちらがより美味いか。


「…もしかして、いつもこんな事で喧嘩してるの?」
「そうね…さすがに毎度こんな低レベルな理由で喧嘩してるわけじゃないけれど。
 まぁ至極些細な契機でもってこうして賑やかに戯れ合ってるのは確かね」


へー、と。
どうしてか関心したように一つ零して、桃はぱくりと草餅へと口を付けた。
それを視界の端に捉えて、やっぱり桃は可愛い…なんてほのぼのと考えながら、
私も頼んだわらび餅を口へと運ぶ。


「で、やっぱりちゃんは止めないの?」
「勿論。だって昔から言うでしょう?
 『夫婦喧嘩は犬もくわない』って」
「「───!!!!」」


きっちりと聞き耳は立てていたらしい。
怒りからなのか恥ずかしさからなのか、おそらく両者なのだろう、
こめかみに筋を立てながらも、茹でタコ状態で感情任せに私の名を叫んだルキアと恋次。

知らぬは当人達のみ、なんて良く言ったものだと思う。
この二人はいまだに互いに互いを想う気持ちは片思いと踏んでいるのだ。
謙遜でも何でもなく、本当に微塵にも相手の気持ちに気付いていないのだから、
その疎さというか初々しさにもういっそのこと全力で拍手を送りたい。


「あら、息もぴったりね。本当に夫婦みたい」


そう。
こうして喧嘩する二人をからかうことも、
ルキアや恋次にとってそうであるのと同様に、私にとっても日常茶飯なのだ。
ほんの些細な事で挑発し合う二人を傍観しつつ機を見計らってはさらりとちょっかいを出す。
それが私の役目。
そして最後に三人揃って馬鹿笑いをしておしまい。
これが私達の長年の在り方。
一度は途絶えたけれど、今はこうしてまた繋がれた、
流魂街にいた頃からずっと変わらない私達三人の戯れ合い方。


「此奴と一緒にするな!!」
「コイツと一緒にすんじゃねェ!!」


そして文章全体の意味合いも口にするタイミングも、またもや見事にハモらせる。
きっとルキアも恋次も、私が今こうしてツッコミとしての役割を果たすべく笑いを堪えて、
敢えてクールに振舞っていることには気付いているのだろうが、
その実が腹を抱えて転げ回る勢いであることまでは気付いていないのだろう。


「どう? 凄いでしょ、桃」
「うん…! ホント息ぴったりだね!」
「「………。」」


そうして、にこやかに桃へと話を振れば。
一種、感動とでもいった眼差しを向けられてしまい、ぐっと戦意を削がれるルキアと恋次。
けれど桃の天然とも言えるそんな透明な反応も、
二人の白玉ぜんざいとたい焼きにかける情熱を捻伏せることはできず。


「つか、テメェはどうなんだよ!?」
「その通りだ! 、貴様は白玉ぜんざいとたい焼きのどちらが美味いと思うのだ!?」


ともすれば、私へと突き付けられるその暑苦しい矛先。


「私は黒蜜もあんこも好きではないし…というか甘いもの自体得意ではないから」


ならばと。
ひらりと躱して、思いっきり空振らせる。
またも見事なタイミングで、二人は揃ってがくり肩を落とした。


「じゃあ雛森、お前はどうなんだよ…!?」
「え、ええ??」
「そうだ、雛森!
 お前の一言で、このたい焼きと白玉ぜんざいの長年に渡る因縁の対決に片が付くのだ!」
「そんな無茶苦茶なぁ…!」


いつ、たい焼きと白玉ぜんざいが長年に渡る因縁の対決を始めたというのか。
長きに渡ってその伝統を誇る和菓子の過去を勝手に捏造するんじゃありません、と。
私と違って二人のテンションに慣れていない桃にそれ以上絡んでは可哀想よ、と。
口を開きかけて、即噤む。

それは背後に気配を感じたから。
微動だにしない低温のそれは紛う事無く彼の人のもの。

愛しい人の、余所行きのそれ。


「…騒々しい」
「朽木隊長」


姿を現したのは六番隊隊長、朽木白哉その人。


「あ、こんにちは、朽木隊長」


特に動じた様子もなく、『鉄の人』との異名を持つ彼に桃は柔らかく挨拶をする。
正座ながらも真直ぐな背筋が効いたその礼に、朽木隊長は静かに目で頷いて見せた。


「く、朽木隊長!?」
「に、兄様…!? 何故にこのような処に…!?」


けれど、それとは酷く対象的に。
顔面蒼白といった面持ちでわなわなと震えているのは、やはり他に誰がいようか親友二人。
至極失礼極まりなくも隊長格に向かって人差し指を突き付けてしまっていることから、
二人の動揺のほどが窺われる。

というか、今の私は笑いを押し殺すのに必死だ。


「…


そんな私の様子を視界の端に捉えて、朽木隊長は。
一瞬どころか半瞬も無かっただけれど何処か不愉快そうに僅かその眉根を寄せた。
ような気がした。


「はい」
「行くぞ」
「了解しました」


予想していたとはいえ、期待していなかったとはいえ、
理由も説明も無い彼のそのらしさに、どうしたって苦く笑んでしまうこの口元。
けれど、無駄を嫌い拙速を尊ぶこの人の機嫌をこれ以上損ねてしまわないようにと、
速やかに袖から財布を取り出し、わらび餅と草餅分の小銭を卓へと置いた。


「これ私と桃の分のお代」
「え? え? どうして私の分まで?」


言えば、桃は頭上にいくつもの疑問符を飛ばしてコトリと首を掲げる。
だから「保護者として、そこの親友二人が桃に絡んだお詫び。奢らせてよ」と、
一つウィンクして見せれば、桃は「うん」とはにかんだように笑った。


「ああ、あと。
 あんまりにも収拾つかなそうだったら、この二人は置いて戻っていいから」
「え、いいの?」
「いいのよ。…また日番谷隊長に睨まれるのは正直勘弁願いたいしね?」
「! ちゃん…っ!」
「ふふ、桃ったら顔真っ赤よ?」


一方兄の、隊長格の突然の登場に軽いパニックを起こして、
未だ状況がほとんど掴めていない二人は、
それこそ陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクと、声にならない叫びを上げていた。
恋次はともかく、ルキアがこれほど取り乱すことは滅多に無い。
少しだけ意外に思えて、当の朽木隊長へと視線を向ければ、
その目線を捉える前に上手くかわされる。
すっと翻る薄水灰色の羽織。
向けられる広い背中。

そして無言での発言。

早く来い、と。
今すぐに来い、と。
さもなければ捨て置くぞ、と。
要するにそういう事で。


「…了解しました」
「へ?」
「ううん。こっちの話。それじゃあね、桃」
「うん、またお茶しようねー!」


桃へと微笑みを落としてゆったりと腰を上げる。


「恋次とルキアも、夫婦漫才もそこら辺にしておきなさい」
「「誰が夫婦漫才か!!!」」
「それの他に何が?」


そしてついでといっては何だけれど。
ルキアと恋次をきちんと解凍させてから、隊長の後を追う形で茶屋を後にした。











「はい」
「あの二人はいつもああなのか?」
「いつも、と言う訳ではありませんが…まぁ大概はああですね」
「…そうか」


微妙な間をもって紡がれた、微かに肯定の気配を纏ったそれは冬の風にそっと攫われていった。


「朽木隊長」
「何だ」


最近になってようやく小さく短いながらも返事を時折とはいえ取り付けられるようになって。
それが素直に嬉しくて、見られていることも無いだろうと抑え込むことなく表情を緩める。


「私達もたまには口喧嘩なんてものをしてみますか?」
「…私に喧嘩を売るとは良い度胸をしている」
「ふふ、確かに」


けれどまだその歩みを止めてまで振り向いてくれるには至らず。
振り向いてくれたのなら更に幸せのなのだろうけれど、
この付かず離れずの距離感が心地良いと感じている自分が居るのも事実で。


「…私と口論したところでお前は、先の二人の前のようには笑わないのだろう」


けれど、普段から突き放されてばかりの相手によって、
時に急激に縮められるその距離と感覚に、
どうしようもなく満たされてしまうのもまた事実であるから。


「なら…手を繋いでもよろしいですか?」


そのいまいち不安定で不確定な距離感を。
貴方でしか得られないこの感情を、この幸福感を。
許されるのなら、それは私だけではないのだと自惚れて。
この温かく柔らかな目眩を貴方も感じてくれていれば良いと。


「勝手にしろ」


同じ台詞でも恋次とは違い、言い捨てるでも吐き捨てるでもなくただ静かに。
淡々とそう言葉を紡ぐ彼の背中に「はい」とだけ返して微笑みかける。


「朽木隊長」


そして、『勝手にしろ』と言いながら。
自ずからこの手を取って繋ぎ合わせてくれるその大きな掌を柔らかく握り返す。
相変わらず、相槌という類いの返事は返ってこなかったけれど。


「わざわざ迎えに来て下さってありがとうございます」


代わりに返ってきたのは。
繋いだ掌越しに伝わる温度の低いぬくもり。

そして。





「屋敷へ戻るぞ」





頬を撫でる、冬の冷たく乾いた風にも似た低い声。



白哉兄、命令系でお持ち帰り。
何が書きたかったかって恋次×ルキアと日番谷×雛森が。(オイ)
つか、この無駄に長い文体を本当どうにかしたい…。