告白的帰納法


っチャーン」


こんな。
間伸びしていながらも凛として響く声の持ち主なんて、私は一人しか知らない。


「…何の御用でしょうか、市丸隊長」


もはや予想というよりは確信とでも言うべきものではあったけれど、
振り返ったそこに居たのは三番隊隊長、市丸ギンその人。

その尽きることのない愛想と掴み所の無い性質は死神髄一。


「鬼ゴッコしよか?」


そして突拍子の無さも天下一品な上に、無駄に健在だった。


「それは任意同行でしょうか、それとも強制連行なんでしょうか?」
「んー、半々」


故意か素か。
おそらくどちらかといえば前者なのだろう、
ニュアンスの曖昧な語尾と発音が、その表情共々窺い知れず、
赤ら様な警戒心も剥き出しにもそう問い返す。
すると返ってきたのは先程とは少しばかり気配の違う、
いわゆるにんまりとした一見してみれば人懐こい笑顔。


「な? 遊ぼや」


幼子のように邪気の無いようでいて、
けれど幼子を拐う悪い大人のような邪気を含んだ、相矛盾するそれ。


「イヅルがあまりにも不憫なのでお断りします」
「ええやん、別にイヅルの一人や二人」
「良くありませんし、イヅルは元より二人といません」
「相変わらず鋭く遠慮の無いツッコミやんなぁ」


まぁそういうトコもめっちゃ好きやねんけど、なんて。
気付けばいつの間にやらすぐ隣りへと立つその人は、
後ろ手に頭を掻きながらけらけらと笑った。
当人の性質に甚だ反して、細く癖の無いその銀糸の髪が日差しに透けてさらさらとなびく。

ああ、触れたい。
ふいに思った。


「見てるだけやなしに、触ってもええねんで?」


一体どこからこの思考が漏れたというのだろうか。
そんなにも自分は物欲しそうな顔でもしていたのか。


「いんや。そら愛のチカラやろ」


ああまるで、狐にでも抓まれてるかのよう。


「以心伝心っちゅーヤツやね」
「…心の繋がりという前提が欠けてますよ」
「あれ。欠けとんの?」
「ええそれはもう見事に欠いてますね」


身長差からどうしたって見上げる形となる細い糸目の、
その瞼下に当然あるのだろう瞳をしっかりと見つめ返してそう答える。
するとただでさえ細いそれが更に細まり上弦の弧を描いた。


「うーん、ホンマなびいてくれへんのなぁ、チャン」
「身持ちは固い方なので」
「まぁええけど。そういうチャンの頑ななトコも好きやねんからな、僕」


『好きやねん』。
もう何度その口から聞かされたろうその単語。


「あーあ、僕なんかこないメロメロのヤワヤワなんにー」
「何ですかそれ…」


脱力して肩でもって盛大に溜め息を吐く。
本当に、良い意味でも悪い意味でも芯から変わった人だと思う。
なのに不思議と嫌悪感を与えられなかったり、
むしろ逆に吸引力を持ってるようにさえ思えてしまうのは何故か。

それはやはり、考えるだけ無駄というものなのだろうか。


「まぁそれでこそやりがいがあるっちゅうもんや」


もはや手遅れなのだろうか。


「けどな、覚悟しといてや」


『好き』と。
言われる度に何を言ってるのだろうかと。
確実にこの胸はどこかしらから冷めていくというのに。


「ボク焦らすんも焦らさんれるんも案外に好きやねんけど。
 好きやからか、じらされた反動もそらもうガッツリと激しいんよ」


同時にとくり、と。
小さくでも心の脈が音を立てるのは確かで。


「せやから」


その髪に触れてみたいとか。
その笑顔を崩してやりたいとか。
その瞳の色が知りたいとか。


「じらした分だけ、目一杯愛してしまうさかい。
 そん時は手荒くなってまうかもしれんけど堪忍な?」


こうして頬を撫でられるのは嫌いではないなんて思ってしまうのも、
この人の発する言葉を綺麗に跳ね付けることができないのもやはり。
私はこの人のことを嫌いではないのだと、つまりはそういうことで。


「ほんま好きやで、チャン」





そう、もしかしたら私はこの人のことを───





「せやからな、僕んコトもはよ好きなったてや?」





額に触れたその唇は。
つい今し方の台詞とは裏腹にとても優しかった。



初ギン夢。
最初はギンと瀞霊廷全域使用の鬼ゴッコでもってバリバリのギャグの予定だったのに…。
どこで間違ったんだ、自分。