朝、目が覚めて。
好きだとか思ってる女が隣りに居たらどんなにイイだろうか。
スリープ
スリープ
「───ちょっと待て」
目が覚めて真っ先に目に入ったのは見慣れた自室の天井。
いつも通り、「ダリィ…」と声に出して一つ寝返りをうった。
するとそこにあったのは常には見慣れないもの。
無造作に散らばった漆黒の髪。
静かな他人の寝息。
「……何だってんだよ…」
好きだとか、ついこの間自覚したばかりだったりする女の穏やかな寝顔。
「…訳分っかんねぇっての」
しかも俺は、その女に腕枕までされていたりしやがる。
「くそっ」
確かめる。
寝崩れているとはいえ、俺はちゃんと夜着を着てる。
相手も死覇装とはいえしっかりと着る物を着て布団の中に居る。
どうやら事を成したわけじゃあないらしい。
ともすれば、やましいことなど何も無いはずだ。
相手に訳を聞けばいい。
隣で眠る女に、同じ布団の中に居る理由を。
「おい」
軽くその肩を揺すると長い睫が不自然に小さく揺れた。
それを見及んで、もう少しこのままでも良かったかやら、
勿体無ぇなんてうっかり考えてしまった自分の手遅れ具合に内心小さく舌打ちする。
「ん…」
「おい、起きろよ」
「ああ…先に起きられたんですか」
俺だって男だ。
面目ってもんがある。
というか男の面目どうこう以前にこの体勢は本気でいただけない。
なぜなら、互いに向き合って横になり、
且つ自分が腕枕をされていた先程までの男女の配置が真逆な体勢はまさに。
「おはようございます、日番谷隊長」
母親と、母親に添い寝されて寝付いた子供の構図。
「『おはようございます』、じゃねぇだろ!」
「ですが『こんにちは』や『こんばんは』よりずっと的確な挨拶だと思いますが」
「そういうこと言ってんじゃねえっての!
…ってか、お前それ寝惚けてんのか!? それともわざとか!?」
くすくすと声を立てて笑う。
至近距離にあるその表情があまりにも穏やかな代物だったものだから、
「さあ、どうでしょう?」なんて言い寄越すそれが、
確信犯以外の何でも無いことに気付くのにたっぷり数瞬かかった。
迂闊。
まさにそれ以外の何でも無い。
けれどどうやら迂闊というものは不幸と同様、重なるべくして重なるものであるらしく。
そうして呆気に取られてる間に、気付けば優しく梳かれてなどいる寝癖混じりのこの髪。
不覚。
八つ当たりまがいに睨み付けてやろうと顔を挙げる。
が、しかし。
「どうです、良く眠れました?」
障子越しの柔らかな朝日を受けるその穏やかに笑んだ顔に、また見事に目が眩んだ。
「…日番谷隊長?」
ああ、もう本気で訳が判んねぇっつうんだよ。
「……何でお前がここにいんだよ」
言っていまだに俺の髪を撫でるその手を引っ掴んで凄む。
対して眼前の女はただただ涼やかな声を立てて笑うばかり。
「あら…覚えていらっしゃらないんですか?」
「ああ覚えてねぇな」
開き直ってどうするよ、俺。
内心ツッコミつつも顔には微塵も出さずに、
不機嫌に迫ってその互いの鼻先までの距離を詰めった。
それはただ、自分ばかり動揺してるのが気に食わなかったからだ。
決して照れ隠しやら何やらじゃない。
いや、そう言い聞かせている時点で既に負けを認めているようなもんか。
…どっちなんだよ、俺。
器用にも一人ボケツッコミで葛藤する内心に、
本気で頭を抱えてのたうち回りたい衝動に駆られる。
しかし。
「日番谷隊長が命令なさったんでしょうに」
そんな頭ん中は、一瞬で綺麗さっぱり真っ白になった。
「………は?」
「ですから、日番谷隊長が命令されたんですよ」
「俺が? お前に?」
「ええ」
「何て」
後悔は先に立たない。
こんな格言を残した奴を今すぐこの場でシバキ殺してやりたい。
「『お前は近い内俺の女になるんだ』」
いや、それ以上に。
「『一晩、予行練習してけよ』」
昨夜の俺を、遠い過去へと全力で殴り飛ばして埋めてしまいたい。
「………俺がそう言ったのか」
「はい」
「俺がそう言ったんだな」
「ええ。
まぁ言って覆い被さった後そのまま寝てしまわれたんですけど…思い出せませんか?」
聞くべきじゃなかった。
そうは思っても、もはや後の祭り。
「呑んだ面子と出されたお酒がいけませんでしたね」
そう言われて、多少思い出した。
昨日は京楽と市丸に誘われて嫌々呑みに行ったんだ。
三人連れ立って呑みに行った京楽行き着けであるらしいそこで、
俺らとはまた別約で呑んでいたと阿散井、雛森に吉良を発見して無理矢理合流した。
勿論、俺の反対を押し切った京楽の下心と市丸のノリで。
そしての手前だ男を見せろ、と。
京楽と市丸に乗せられて俺はドぎつい酒をしこたま呑んだんだった。
「あれから京楽隊長は七緒が向かえに来たので彼女が、
市丸隊長は…あれはまぁおそらく酔ったふりなんでしょうけど、とにかくイヅルが。
日番谷隊長は酔い潰れて私の膝で寝てらしたんで、
流れで私が部屋までお連れしたんですよ」
「…で、悪酔いした俺が"予行練習"だの何だのほざいたワケか…」
「ええ。死覇装を着替えさせろって言われたのにはさすがに驚きましたけど」
「───ああもうホントありえねぇよってかマジで死ね昨日の俺…!!」
だからこんなにも頭が重いのか、とか。
だから眼下の女はそんな風に苦笑しているのか、とか。
ぐたぐたの思考が最終的に辿り着いたのは結局ただの一言だった。
「……悪かった」
謝罪。
他に言葉が見つからなかったせいもある。
「構いませんよ。こういうのには慣れてますから」
「…慣れてる? どういうことだ?」
「恋次です」
「阿散井…」
「ああ、日番谷隊長は御存じありませんでしたね。
私と恋次は同じ戌吊の出身で、所謂幼なじみなんですよ」
「お前が戌吊出…意外だな」
「そうですか?
…まぁですから、他の同僚と呑みに行っても酔い潰れた恋次の世話は私に回ってくるので」
慣れてるんですよ、と笑うその表情は今まで見たことのない類いの穏やかな顔だった。
「それに昔、恋次が小さかった頃もこうして良く添い寝したあげましたから…」
先程までの精神葛藤的頭痛など何処へやら。
自分でも単純この上無いとは思うが昨日の高酒の余韻だけでなしに、
胃の辺りがムカついてきた。
「………。」
「日番谷隊長?」
「寝るぞ」
「え、寝るぞって…」
「二度寝だ、二度寝」
ムカつきついでに、ゆったりと上半身を起こそうとした女を、
その首筋へと顔を埋めるように布団に沈めて、今日一日非番と決め込むことを決意する。
すると「まだ酔いが残ってらっしゃるんですか…?」と、
批難というよりはむしろ困ったような声色が返ってきた。
「んなワケねぇだろ」
「なら…」
「ついでに言っとくけどな。昨日ほざいた事も、
あながち全部が全部悪酔いってワケじゃねぇからな…まぁ酔った勢いではあるけどよ」
朝、目が覚めて。
好きだとか思ってる女が隣りに居たらどんなにイイだろうかと。
そう、思ってた。
「二度寝、付き合えよ」
そして実際に、居たら居たでそれは。
「そんでそのまま一生、俺に付き合え」
最上機嫌そのものだった。
何やら書き手を「ええ??」とビビらせるぐらい好評だったこの日番谷夢。
ひっつん(※日番谷)の人気っぷりをえらく実感したもんです。