「ごきげんよう」


突如、静かに部屋中へと響き渡った良く通るアルト。
音の源を探れば其処には、エクソシストにのみ着用を許される漆黒の団服をまとった女性。
美女も極上の美人の、その極上の笑みに見惚れて一同は気付けば揃って動きを止めていた。


「室長はいらっしゃますかしら?」
「私だが」
「お初にお目に掛かります。
 師の怠慢もあってか何かと不良と名高いもので、
 色々と御存じとは思いますが、これも礼儀と聞き流して下されば幸い。
 私、と申します」
「これは御丁寧に。私は現科学班室長の…」
「結構です」
「は?」
「初対面から不躾を承知でお伺いしますが、
 私が今貴方に何を言いたいかお判りになりますかしら?」
「は、いや…」


優美で、艶やかな笑み。
己の飛び抜けた美貌を余すとこなく使いこなしたそれを、
それこそ一端とて崩すこともなく、鼻白む室長を余所に自身のペースを保ち美女は言う。


「そう。それは残念だわ」


『残念だわ』。

笑み同様、言葉の意味にはそぐわぬ穏やかな口調。
残念などとは毛程も思っていないとしか思えないそれに、
ようやく室長が訝しげに眉を潜めた。
警戒の色。
危機管理能力に関しては確かに秀でているらしい。
そればかりではただの腰抜けだけれど。
こちらの出方を探るように口を噤んだ室長の反応を確認して美女は、
ようやく作り物めいた笑みの色を別の物へと、満足気なそれへと変えた。


「今、この塔の一室で病んでる少女がおりますでしょう?」
「…それが何か?」
「彼女に関する一切の権限を私に委ねて頂きたいと思い、お願いしに参りましたの」
「『一切の権限』というと?」
「言葉の通り、『一切の権限』をですわ」
「抽象的ですな」
「それは失礼を致しました。
 ならば言い方を代えましょう。
 あの子に関する処理、処遇の一切に関して、
 私に優先権、特権を認めて欲しいと申し上げております」
「承諾致しかねますな」
「まぁ。それは残念だわ」


『それは残念だわ』。

つい数秒前と同じ台詞をまるで同じ調子でなぞる形の良い唇。
しかし言葉の意味通りの感情などやはり微塵も感じられないそれは、
まるで録音したテープを再生させたかのように一同の鼓膜を、
そして今度ばかりは背の筋をも震わせた。


「本来なら穏便に事を済ましたいと思っていましたのに。
 しかし承諾を得られないのであれば…致し方ありませんわね」


ぐっ、と。
確かに温度の下降した空気。





「───ああ、本当に残念だわ」





霜の降りたその瞳は、優しく冷ややかに敵意を告げた。


笑みを忘れた女神

美しきその冷笑はもはや古代の白き彫刻の如く

title20 変わり種 No.05 ー 笑みを忘れた女神