もう、めをあけているのかとじているのかさえもわからない。
「気を違え…、だがこ……え。死なせるな…、…ソシストだ」
せかいはぶあついまくのむこう。
ものはにじんで、おとはくぐもって、とおくゆがんだむこうがわにある。
「ごきげんよう、皆さん」
「…!」
「横暴なお見舞い、痛み入ります。
さあ私が来たからには即刻お帰り下さいな?」
「………は、我々の…だッ! これは…越権行………ろう!?」
「彼女が私に一任されたことについては既に通達の方が届いておりますでしょう?
苦情なら御上の御老体方へどうぞ」
けれどちかごろはせかいにくろいかげがうつっていることがおおい。
かげなのにつめたくない。
かげなのにあたたかいそれがひとだときづいたのはいつだったろう。
くろがゆらりとゆれる。
ああきっとこれはこのひとのかみ。
おんなのひとのかみ。
きれい。
くろのなかにあるしろ。
はだ。
おんなのひとのはだ。
ならこのあかはきっとこのひとのくちびる。
「……だ、れ…?」
ああこのかげは、ひと。
わたしのかみをなでるこれはおんなのひとのて。
「おかあ、さん…?」
あたたかいかげがわらった。
ぶあついまくにぼやけてちゃんとはわからないけれど、そんなきがした。
「……おかあさん…」
しろがおりてくる。
かみにふれる。
さしいれられる。
あったかいゆびがゆったりとくしずった。
こめかみからかみのさきまで。
なんども、なんども。
あたたかいしろがやんわりとなでてははなれ、はなれてはまたなでてくれる。
するり、と。
あたたかななにかがめのはしからこぼれてほほをすべりおちていった。
「……おかあ…さ…」
ああ、わたしはいまめをあけてるんだ。
「───…おやすみ、なさい…おかあさん」
あたたかい、かげ。
それだけがたったひとつ、このせかいとわたしをつなぐやさしいおんど。
涙で滲んだ世界
やわらかなかげかんじるおんどただひとすじのぬくもり
title20 変わり種 No.09 ー 涙で滲んだ世界