「───どうして今、貴方がこんな死ぬ気で"お勉強"しているか判る?」
捗々しくはない進行具合を見下ろし徐にもそう告げれば、ぴくりと男の肩が強張った。
「貴方に"力"が無いからよ」
静まり返った部屋に、己の声のみが平板に響き渡る。
そう、私は言うなれば『毒』。
冷酷に、残酷に。
彼の脆さを暴き晒して、冥い部分から蝕み広がって浸食していく。
致死の半歩手前まで彼を追い詰めては、致死に至らせぬよう更に別の毒を注ぎ込む。
「本気で妹を連れて行かせたくなかったのなら、
探索部隊を殺すなり何なりして止めれば良かった。
でも貴方はそれをしなかった…」
殺さぬよう。
けれど殊更に生かさぬよう。
「ふふ…ねぇ、それはどうして?」
優しく、穏やかにせせら笑う。
真上からゆるやかな嘲笑を浴びせかける。
彼の琴線を立てた爪で引っ掻き無造作に掻き乱す。
その理性を踏み躙り、心の均衡を危ぶませる。
「それは貴方に力が無かったから…、違う?」
彼の憎悪を煽り立て、その視界を狭めさせる。
私だけをその眼に映らせ憾みの矛先を固定させる。
そうして逃避の道を奪い、同時にこの身へと縋らせ、更に駆り立てる。
「そして今も力が無いから、貴方はこうして私にしごかれ"お勉強"に勤しんでるの」
そうして私は、貴方を生かし殺しめる毒になる。
「お判り?」
にっこりと微笑めば彼は、切れ長のその目で睨め付けてきた。
赤ら様に膨れ上がった怒気。
けれど彼は絶対に口を開きはしない。
そう、それでいい。
私の役目は『死なないための薬』ではなく『生きるための毒』なのだから。
毒して彼には憎悪憤怒怨恨を糧にひたすら前進の一途を辿らせる。
まるで仇討ちの要領。
これが正攻法や最善策でないことは重々承知している。
しかし、言い方は悪いがこれ以上に『手っ取り早い』方法ももはや残されてはいないのだ。
悠長に選り好みしていては現室長に勘付かれる。
何よりも、あの子がいつまでも保つという保証は何処にも無い。
「良かったわ。
後悔は先に立たないってことをちゃんと知ってるようで結構結構」
「…っ」
「解らないところがあったら遠慮せずに聞いて頂戴ね?
何といったって、私は貴方の"先生"なんだから」
それに彼には捌け口が必要なのだ。
教団なんて形の無いものではなく、団員なんて顔の見えない存在ではなく。
目に見える形として、手を伸ばせば触れられる距離に、
憎悪や憤怒や怨恨の矛先を直に突き付けることのできる確固たる対象が。
「───さぁ、折角の逢瀬なんだから退屈させないで?」
彼とあの子が笑みを向け合うのを夢見て。
今夜もまた薄い笑みと共に彼へと甘くゆるやかに毒を囁き注ぎ込む。
鮮やかな毒薬
この毒をどうか血肉に変えて
title20 変わり種 No.17 ー 鮮やかな毒薬
くすり【薬】 『大辞林 第二版』
(3)その場では打撃や衝撃となるが、結果としてよい影響を与える物事。
image music【Nevica fitto fitto】_ 志方あきこ.