黒の塔と
綺麗なお姉さん


そう、それは。
黒の教団に久々の入団者が現れた日のことだった。


「コムイ、神田の"手当て"と"説教"終わったわよ」
「ほーい、おつかれサマー」
「……って、皆で何してんの?」


モニタを食い入り見つめる研究チーム一同の背後から声を掛けたのは黒い団服の女性。
黒の教団に属するエクソシストの一人であるだった。
彼女の登場に、コムイは「それがさー、見てみてー」と眉尻を八の字に下げて手招きする。
するとコムイの尻拭い担当、もとい敏腕補佐のリーバー班長が補足を付け足した。


「それがなぁ、アクマが単身でここに乗り込んで来たんだよ」
「アクマが?」


"AKUMA"という単語に一瞬険しく表情を顰めた
次いで、室長助手にしてコムイの実妹であるリナリーが指差した先を見遣れば、
門前には一人の白髪少年。
彼ら曰くの"アクマ"である。
しかしはモニタの少年を見とめると、表情一変、声色明るく言った。


「あら、アレン君じゃない」
「………え?」
「その白髪の男の子。
 クロス元帥のところのお弟子くんで、アレン=ウォーカー君でしょ?」


ようやく一人前のエクソシストとして認められたのね、やら。
男の子ってちょっと見ぬ間にすくすく成長しちゃうのよねぇ、なんて。
何ともほのぼのとしたそれは、まるで甥っ子の成長を喜ぶ叔母の口調である。


「で、何でアレン君と神田が戦ってるわけ?」
「………。」(リナリー)
「………。」(リーバー)
「………。」(コムイ)
「………。」(科学班一同)
「……………………判ったわ」


言葉を失った一同の反応を目の前に、計らずとも全てを悟ったらしい。
颯爽と団服の裾を翻すとは、即刻今しがた入って来たばかりの扉へと踵を返した。


「とりあえず神田を止めて来るわ」
「頼んだよー」
「アンタは紹介状を探す」
「えー」
「『えー』じゃないわよ」
「だって知らないものは知らないんだもーん」


ビシリッと人さし指を突き付けられ、年甲斐にも無く不満げに口を尖らせたコムイ。
終いには「面倒臭ーい」と、
空になったうさたんマグカップをぶんぶんと振り回し始める始末。
それに冷めた手厳しい一瞥をくれるとは、
「リナリー、頼んだわよ」と部屋を後にした。










「───中身を見ればわかることだ」


方や門前は、一触即発の事態へと陥っていた。


「この『六幻』で斬り裂いてやる」
「待ってホント待って!
 僕は本当に敵じゃないですって!」


言うなりアレンの弁解など聞く耳持たず、
得物を突きの型に構えて、文字通りの問答無用にも突進してくる黒い影。
奔る殺気。
ヤバイ。
この人本気だ。
風を巻いて迫る刀身に、串刺しになった自身の姿がアレンの脳裏を過りかけたその瞬間。


「はーい、そこまで」


突如、視界一杯に翻った高潔な黒。


「───へ?」
「…どいうことだ」
「この子は人間ってことよ」


文字通りの"首の皮一枚"にも、喉元寸前で静止した強烈な牙突。
その刀背に片足で立った───否、片足で"降り立った"のは黒い団服の女性。
そう、降り立ったのだ。
おそらく眼前の黒い男同様に頭上から姿を現して。
高速で突き出された刀の上に。
それも片足で。
しかも両手を黒い団服のポケットに突っ込んだまま。
アレンは当然のように我が目を疑ったが、状況が状況なだけに目を擦るほどの余裕は無く、
突如空から登場した女性の後ろ姿をめいっぱい見開いた瞳で映すだけだった。


「彼はアレン=ウォーカー。クロス元帥のお弟子くんよ。
 彼の身柄については私が保証するわ」
「貴女は…」
「はぁい、アレン君。久しぶりねー」


六幻の背に両足をついて振り返ると、女性はにこやかに笑った。

その笑顔と、鼓膜に心地良い低めの落ち着いた声色には覚えがあった。
パッとは思い出せなかったが、確かに自分はこの人と会ったことがある。
どうにか思い出そうと必死に記憶の戸棚を引っ掻き回せば、
ふと2年前のインドでの記憶が蘇った。
助手として傍に居た3年間の内、一度だけ師匠の元を訪れた女性だ。
自分とは一言二言挨拶を交わしただけで、
師匠へと怪しげな包みを渡すだけ渡すと早々にも帰ってしまったのだけど。

ようやっとピンときたらしいアレンの表情を満足そうに見遣っては、
「それで…」と高い位置からおもむろに話を切り出した。


「クロス元帥ったら弟子の一生に一度の晴れ舞台すらもバックレたわけ?」
「あ、はい…」
「まったくあの人は…で、紹介状とか書いて貰わなかったの?」
「え?」
「だって本部入団への初の御挨拶よ?
 バックレるんならバックレるんで、
 普通は事前に紹介状やら何やらを幹部に送っとくぐらいはするでしょ。
 いくらあの人が超絶ズボラ大魔神だからって、
 よもやティムキャンピーを紹介状代わりに君に預けたってことはないだろうし…」
「届いてないんですか?」
「…何だと?」
「クロス師匠は幹部の人へ紹介状を送っとくって…」


嫌な予感が脳裏を過って神田がこめかみを引きつらせる。
何となく予想はついていたらしいは「あーあ」と言った風に眉間を指先で揉んだ。


「───コムイって人宛てに」


今この瞬間、黒の教団で額に黒の縦線を帯びていないのは、
うさたんマグカップで優雅にコーヒーをすするコムイだけだった。


「………。」()
「………。」(神田)
『………。』(科学室一同)


世界を支配する沈黙。


『そこのキミ! ボクの机調べて!』
『コムイ兄さん…』
『コムイ室長…』
『───ボクも手伝うよ!』
「アイツ…!!」
「どうせそんなこったろうと思った…」


そうして手痛い静寂を破ったコムイその人の声に、
は黒の教団一同を代表して盛大な溜め息を吐いた。
片手で顔半分を覆ったそのポーズは、処置無しの意思表示。
呆れる仕草も手慣れたものである。
そう、何も珍しいことはない。
毎度のことなのだ。


「あ、あのー…」
「ああ、初っ端から恐い思いさせてごめんね。
 こっちの手違いよ。私も居るし、もう安心していいから」
「はぁ…」
「オイ!」
「ん? 何、神田」
「いい加減、六幻から降りろ!」


怒鳴るなり、問答無用にもアレンの喉元を捉えていた刀先を横薙ぎに一線。
しかしそれより一瞬早く刀背を蹴って宙に翻った団服の裾。
ひらりとまるで舞でも舞うかのように軽やかな宙返りをきめては、
「いやーん、神田ちゃんったら八つ当たり」と、
喉元を掠めた六幻の風圧に「ヒィッ!!」と悲鳴を上げたアレンの左横へと華麗に着地した。


「テメェ…斬るッ!!」
「本当のことでしょうに。
 斬るならコムイの阿呆にして頂戴」


まるで揚羽蝶みたいな人だな、などと。
そうしたらこっちのカンダって人は鴉かな、なんて。
一人話に取り残され、二人のやりとりをぽかんと見つめながらそんなことを思ったアレン。
しかしそうした場繋ぎの不毛な妄想を打ち切ったのは、
スピーカー越しの"コムイシツチョウ"の声だった。


『入城を許可します。アレン=ウォーカー君』


重い門扉が抉るような音を立てて上がる。
その奥に広がっていたのは、やはり暗く黒い道。


「それじゃ改めて…」


「どうどう」となだめるように神田の頭を撫でていたがにっこりと振り向く。


「ようこそ、アレン君。
 エクソシスト総本部・黒の教団へ───」





その笑顔に導かれるように、アレンはエクソシストとしての一歩を踏み出した。



ついにやっちまったD.Gray-man.夢。
日記での予告通り、基本はアレンとリナリー可愛がりーの神田をおちょくりーのな路線で(笑)

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