優良児/不良児
事情


「我々が探し求めてる109個のイノセンスの中にひとつ、
 『心臓』とも呼ぶべき核のイノセンスがあるんだよ」


それは全てのイノセンスの力の根源であり、全てイノセンスを無に帰す存在。
千年伯爵が探し、欲しているという『ハート』。
それを手に入れ我々は初めて終焉を止める力を得ることができる。
言ってコムイは静かにその瞼を伏せた。


「そのイノセンスはどこに?」
「わかんない」
「へ?」


初耳である若者3人が、各々の仕草でもって首を傾げる。
対してコムイは大袈裟に肩を竦めると、至極あっさりとそう言い捨てた。
聞けば、伯爵に石箱が回収されてしまった場合を想定しての古代人の所行か、
『心臓』たるイノセンスについて、石箱には何も記されていなかったらしい。
「もしかしたらもう回収してるかもしれないし、誰かが適合者になってるかもしんない」。
眼鏡のブリッジを押し上げて、投げやりにもそんなことを言うコムイに、
「うーん」と態とらしく唸ってラビが、
「確かにそんなスゲぇイノセンスに適合者がいたら元帥くらい強いかもな」と同意する。

そして。


「………
「「え?」」


ぽつり、と。
聞き知った一人の女の名前を紡いだ。


「もしかしてさ、それってのなんじゃん?」
「………」


ラビが零した独り言にアレンとリナリーが各々反応する。
一方は「どうして?」と言ったように、また一方は「まさか…」と危惧を浮かべて。
その傍らで、ほんの一瞬コムイが硬く表情を強張らせたのに、
気付いたのは已然として沈黙を守り続けるブックマンだけだった。


「だってさ。
 のイノセンスって、まんま『神臓』じゃん?
 それに強さだって元帥クラスだし」
「シン、ゾウ…?」
「何だ。アレンは知らないんだ?」


頭上に疑問符を浮かべるアレンに、
「そういやお前新入りだもんな」とラビが一人納得したようにうんうんと頷く。
一方リナリーは考え込むように、唇に指先を添えて黙り込んだ。
取り残されてしまったアレン。
見かねたコムイが苦笑まじりに口を開いた。


のイノセンスはね、アレン君。
 君と同じ寄生型で、『神臓』というんだ」
「神、臓…」
「そう。彼女の右胸には本来の左胸の心臓の他にもう一つ、別の心臓がある。
 それが彼女のイノセンス。
 難しい説明は端折るけど、その第二の心臓とも言えるイノセンスのおかげで、
 彼女は人外の身体能力と再生能力を有しているんだよ」
「でもって、最高適合値ヘブも驚きの99%。
 もう適合っつーより融合っつーか。
 ま、ともすりゃその強さは元帥並みってワケ」


ああ、と。
アレンはと初めて出会った、否、2度目に出会った時の事を思い出した。
挨拶をしに初めて黒の塔を訪れた際、
アクマと勘違いされて神田に仕留められそうになった時、
間一髪のところで登場した彼女。
目に止まらぬ速さで繰り出された神田の牙突の、その刀背に、
団服の裾を翻らせて彼女は、塔の上から飛び下り、何てことはなく着地してのけたのだ。
成る程、それが彼女のイノセンスの力だというなら納得がいく。
納得がいって、胃の底が冷えるような感覚が奔った。


「そ、それじゃ、さんが危ないんじゃ…!」
「大丈夫だよ、アレン君」


思わず正座のまま身を乗り出したアレンに合わせて、
隣のリナリーも不安げな眼差しをコムイに送って寄越す。
そんな2人に「ってばホント愛されてるよねー」と苦笑してコムイは、
何だか今日は僕真面目に喋ってばかりだねと、の現在の状況を説明し始めた。


「まぁ、まだのイノセンスが『ハート』であると決まったわけじゃないけどね。
 とりあえずイエーガー元帥殺害事件が起こった後すぐに、
 には本部への帰還命令が出たし、
 今も元帥の護衛の任には就かず、黒の塔で科学班の皆と一緒に居るよ」
「良かった…」
、今黒の塔に居んの?」
「居るよ。
 今頃『退屈…』とかぼやきながら僕の不在の穴埋めに室長代行をしてるんじゃないかな」
「そんじゃ、俺は一旦黒の塔に寄ってから…」
「コムイ殿の話を聞いとらんかったのか、小僧」
「イっでェッ!!」


俺は途中下車〜とばかりに、ちゃっかり乗じて正座を解こうとしたラビの顔面に、
ブックマンの蹴りがクリーンヒットする。
「こんの、お迎えの近いジジィが…!」やら「口を慎め、浅薄な小僧めが」やら、
他3人そっちのけで急遽勃発した、師弟の口喧嘩。
「狭い馬車の中で…まったく」と眉間を指先で揉んだコムイのその仕草に、
の面影を見い出したのは、今この瞬間においてはアレンだけだった。


「君の気持ちは判るけどね、ラビ。事態は急を要するんだ」
「ちぇー…」
「頼んだよ」


どうどう、と。
苦笑交じりに嗜めたコムイにブックマンが鼻で溜め息を吐いて席に腰を戻す。
それを見てラビも大人しく一線を引いて、どかりと腰を降ろした。
そして言う。


「いいなぁコムイは。
 っていうか、婚約者なんだしさ。
 もうくれとは言わないから、ケチらずもっと俺らにも貸してよ」
「はは、考えておくよ」


「俺良い子だから問題児のユウほど構って貰えないんだよねー」と愚痴を零したラビに、
「あら、は二人とも問題児って言ってたよ?
 神田が不健康不良児で、ラビが健康不良児だって」とリナリーが笑った。





「───元帥の護衛が今回の任務だよ。君達はクロス元帥の元へ」





「あ、ちなみにアレン君は『健康優良児』だそうだよ」と、しめにコムイも笑った。



このSSは、お約束の通りKiriサマへ。
ラビ夢というかラビが出てくるコムイ夢だったりで申し訳無かったりするんですが(汗)
チロっとでも楽しんで貰えれば嬉しいです!

image music:【Angel Fish】_ ToMo K. from pop'n music CS 9.