「明けましておめでとう、神田♥」
「………。」


早朝、音も気配も完全に断ち極めて隠密にこの部屋へと侵入しておいて、
「起きて、ユウちゃん」などとぬくいシーツを問答無用に剥いで飄々と微笑うような、
そんな命知らずな女を俺は一人しか知らない。


明け年、来る君


「……テメェ」
「相変わらずの低血圧ぶりね」
「黙れ。どけ。ついでに去ね」


真上には、腹が立つ程爽やかで艶やかな笑み。

ベッドに片膝を乗せて、自分にのしかかる形でシーツを剥いだ女は、
楽しくて堪らないといった様子でくつくつと咽を鳴らして笑った。
間近にある双眸に、寝起きの不機嫌を凝り固めて塗り付けたような凶相が一杯に映り込む。
何て不愉快な。
ふつふつと募る苛立ち。
そうして頭の芯から滲み出る不快感を噛み締めていれば、ぺちぺちと何かが頬に当たる。
引っ掴んでみればそれは、しなやかな女の指先だった。
「お寝惚けさん」。
降って来る声に視線を巡らす。
猫のように目を細めたそれに、ものの見事に神経を逆撫でされた。


「まるで毛を逆立てた野良猫ね。
 それが、わざわざ新年の挨拶に出向いてやった相棒への態度?」
「誰が野良猫だ、相棒だ。
 勝手なことを言うな。
 というかいい加減そこをどけ!」
「あら、そんな挑発的な態度をとられたら、
 このまま寝込みを襲って差し上げたくなるじゃない?」
「はァ…!?」


何を言い出すのか、この女は。
その口元に艶やかな捕食者の笑みを敷いて身を倒してくるそれに、
起き抜けの脳は不覚にも焦りなんてものを知覚して、思わず狼狽した声が咽を突いて出る。


「ふふ、冗談よ。
 朝っぱら盛れる程もう若くもないもの」


ドちくしょう。
内心で舌打ちして、そうしてあっさりと身を引いた食えない女を睨み付けた。


「そうそう、新年の御挨拶だったわね」
「いいから早くそこをどけと…」
「去年は大変神田のお世話をしました」
「…テメェ」
「今年もまた存分に世話を掛けられそうだけれど…」


捕えられたのとは逆の手の、そのしなやかな指先がこの髪へと触れる。
そしてそのままそっと差し入れると一旦くしゃりと撫でて、その後ゆったりと梳いた。
一度、二度。
三度。
心地良いなどと感じてしまう自分にやはり腹を立てつつ、その温かな感触を甘受する。
それは、偏に女が浮かべる笑み故に。


「まぁ、そんなの毎年のことだしね」


そこにあるのは。
先程からの挑発的だったり飄々としていたりするそれらと違い、
言うなればひだまりのような、心底穏やかな代物で。





「また今年も一年、宜しくね?」





誰が宜しくするか。
身を起こして悪態を吐けば、は「去年もこんなんだったわね」と楽しげに笑った。



明けましておめでとうございますな神田夢。

神田にお茶目なモーニングコールをかますために、
眠っていても研ぎ澄まされ張りつめられた警戒心を突破してみせるような命知らず、ヒロインだけ。


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