ブックマーク


「俺、の言葉って好き」


本、本、本。
積み上げられた本の山、崩れた本の瓦礫、開かれて置かれた本の野原。
ブックマンの、整理されてるとはとても言い難い書蔵庫で、
まるで風呂にでも浸かるかの如く本にまみれ埋もれてくつろぎ、
篭ったっきり2日間ぶっ通しで頁を捲り続けてる
その隣で、後ろ手になんて手を組んで寝転がる俺の、
そんな独り言に、本から顔を挙げることもなくは、
「そう?」としっかり相槌を打った。


「何、急に?」
「いや、好きだなぁって思って」


対して俺は、答えにも理由にもなっていない生返事。
別段はぐらかしているわけでもないのだが、はぐらかしていないわけでもないその回答。


「例えばどんな?」


抱えた分厚い本の、その古代文字を追う視線は相変わらずにも、
は可笑しそうに笑った。


「そーだなぁ。
 この間のアレ。
 『臆病者は危険の前に、意気地無しは危険の最中に、勇敢な者は危険の後で怖がる』。
 もう目から鱗って感じで凄ェ気に入った。
 あと3ヶ月と12日と2時間前に会った時に言ってた、
 『老いたる猿は決して可愛い膨れ面をしない』ってヤツ。
 なんかブックマンのこと言ってるっぽくて笑えたなぁ」
「また偏屈な物言いばっかり覚えてるのねぇ…」
「へへー」


気怠げな溜め息と共に、
ぺらり、と紙が擦れ合う独特の乾いた音が響く。


「俺、何でもかんでも記録するのクセだからさ〜」


ああ、初めて会った時にもは格別分厚い本を読んでたっけか。

ブックマンの紹介でと初めて会った時の会話は今も全部覚えてる。
初めてと一緒の任務に就いた時のやりとりだって無論。
初っからケツまで、全部、一語一句紛う事無く記憶してる。
何も初めてなヤツだけじゃない。
この間も、その前も、その前の前も。
その前の前の前のだって、今までと交わした会話は全部憶えてる。


「でもそれじゃあ、私がまるで偏屈な女みたいじゃない?」
「アレ、違うんだ?」
「こーら」
「冗談だって〜」


くしゃり、と。
やはり本から視線を外すことなく、優しく撫でられたこの頭。


「俺、の言葉なら全部覚えてるさ」


こうして頭を撫でられることの無い日々が長く続くと俺は、
脳に大事に溜め込んでおいたとの会話を思い起こすんだ。
に会えない時間、の言葉を一つ一つ思い返して。
声が、手が、心が届かない分のその距離を埋めるように噛み締める。

いつだって何かでと繋がっていたい。
そんな自己欲求。
まるで自己満足。
まさに自己完結。


「だって俺、の言葉好きだもん」


たとえ、それが俺の独り善がりでも。

会えるその都度、交わす会話の一語一語を鮮明にを脳裏に刻み込んで。
次に会う時までの"繋ぎ"として蓄える。
そうしてどんどん自分の中に貯えられていくの言葉。
再生される度に、ずんずんと俺の中を占めていくの存在。


「何それ、告白?」


このままいくと俺ってばになれるんじゃん?とか、
お馬鹿丸出しなことを考えたりなんかして、ふと我に返りくすぐったい気分になる。
になんてなれるワケないのに。
あんな風にくすくすと涼やかな声を立ててなんて笑えるはずもないのに。
本気でになれるものならなんて考えている自分が居る。


「だったらどうする?」


ああ、俺ってばホント重傷。


「そうね…ああ、そこ崩れやすいから気を付けて」
「へ? ───うへぁッ!?」


に接近戦で迫ってやろうと、身を起こすに手をついた場所がいけなかった。
何の罠か、俺の片手分の体重で受けて呆気無く崩壊した本の山。
派手な音を立ててすっ転ぶ。
まぁ本だし大して痛かないだろ。
と、思ったのが甘かった。
今の振動に連動して、背後から津波で襲ってきた本の洪水。
予想もしなかった辞書混じりのそれを頭からまともに浴びる。
ああ、ヤバイ。
マズイな。
このまま放置されたら普通に圧死できるぞ、俺。


「あーあ、もう何やってるんだか…ラビー、生きてるー?」
「な、何とか…ッ」


呆れた様子の声色で生存確認を取られる。
すぐ隣に居たというのに、はといえばあの一瞬でもしっかりと避難したらしい。
そっと間近に迫る心地良い気配。
ドサッ、バサッ。
鈍い音がする度に軽くなっていく圧力。
見事に後頭部直撃で落ちてきやがった、
殊更分厚いそれを取り除かれてようやく視界が拓けた。


「まったく…格好のつかない告白ねぇ」


ごろりと仰向けになって見上げれば、そこにあったのはやはり見慣れた綺麗な苦笑。

ここで「いやほら、『恋は盲目』って言うんじゃん?」なんて言ったら、
一体はどんな顔をするだろうか。
たぶん「口だけは達者なんだから」とか言ってやっぱめちゃくちゃ綺麗に笑うんだろうなぁ。


「まぁ、ラビらしくはあるけど」
「うえー…、こんな格好悪いのが俺らしいっての?」
「だってねぇ?」


集めたの言葉で。
集めたの断片で。
自分の中に再度を再構築して再生する。





「───どうせ『恋は盲目』とでも言おうとしたんでしょ?」





目ん玉をひん剥いた俺に。
俺の額に。
ひらりと落ちてきた甘やかなそれ。





「次回に期待してるわ」





言っては、やっぱり綺麗に笑って抱えた本へと視線を落とした。



ラビ、可愛いよー。
これから毎週ラビを拝めるのかと思うとヨダレが(よしなさい)

image music:【いいひと】_ 岡めぐみ from pop'n music CS 9.