にわひよ
「クロス元帥も相変わらずみたいねぇ」
言っては、まるで猫を思わす仕草でくつくつと喉を鳴らして笑った。
「弟子の本部入団挨拶バックレた理由が、『俺、あそこキライなんだよ』?」
「はい…」
「あっはっは! 変わんないわよねぇ」
終いには爆笑し出す始末。
談話室にて、黒の塔へとクロスに送り出された際の経緯をアレンから説明され、
一段落着いた頃にはもう心底可笑しくて仕方無いとばかりの様子だった。
「ズボラ大魔人ぶりも健在みたいね」。
言っては、3年もあの人と一緒に居て大変だったでしょう?とやはり笑う。
その口調と台詞にいよいよ、
彼女がまるで昔から師を見知っているような雰囲気を感じ取って、
アレンはことりと首を傾げ口を開いた。
「さんって師匠とは一体どういう関係なんですか?」
聞き寄越されたは一瞬きょとんとし、しかし次の瞬間にはニッコリと綺麗に笑う。
「知りたい?」
「え? ええ、まぁ…」
「元愛人」
「…───ええッ!?」
目を剥いたアレンに、はまたひとしきり声を上げて笑った。
「あっは、冗談よ。
クロス元帥とは上に覚えの悪い不良エクソシスト仲間ってことで仲が良いのよ」
「へ、へー…、そうなんですか」
本当に冗談なんだよな?と冷や汗をかいたまま内心で反芻すれば、
どうやら顔から筒抜けだったらしい。
「あの人の愛人になるぐらいだったら、まだ千年伯爵の妾の方がマシだわ」と、
やはりからからと笑ってはきっぱりとそう言い切った。
凄い。
自分じゃ絶対できない芸当だ。
心の中でならまだしも、師匠の悪口を口に出してなんて絶対言えない。
への尊敬の念を微妙な方向に上乗せしてアレンは、
再度、聞いておきたいと思っていた疑問をこの機会にと再度口を開いた。
「もう一つ質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「2年前インドで初めて会った時、さんは師匠に一体何を渡してたんですか?」
「…ああ」
2年前のインド。
初めて彼女に会ったその日。
確か、師匠に頼まれたという何かを渡しに来たのだと記憶している。
しかし彼女は師匠へと渡すべき物を渡すと、
自分と一言二言挨拶を交わすなりそそくさと帰ってしまったのだ。
今でこそこうしての人間性を知ったからこそ、
当時の、彼女にしては手短過ぎる様子を思い出してアレンは首を傾げたのだった。
「それは…」
「それは?」
さっとの表情から笑みが消える。
そうして真顔で濁された語尾。
ごくり、と。
その常用的でない彼女の変化に、思わず喉を鳴らしたアレン。
しかし。
「…秘密♥」
「ええ!?」
やはり返ってきたのはニッコリとした綺麗な笑みだった。
「うーん、まぁぶっちゃけちゃってもいいんだけど…聞いたらきっと後悔するわよ?」
「こ、後悔?」
「後悔というか一生消えないトラウマになるというか…」
「トラウマって…」
「遠い将来で『どうして自分はあの時あんな事を尋ねたりしてしまったんだろう』なんて、
自分の半生を顧みてはその愚かさを全力で悔い入り恥じ入る勢いよ?
どう? それでも敢えて聞いとく?
私はあまりどころか全然お勧めしないけど」
「う”…」
凄まじい警告である。
しかしそこは3年という月日をもって、
下手にクロスという人間の多くを不要に知ってるアレン。
今でも彼のことを懐かしく思い出す度にキリキリと胃痛に苛まれたり、
その夜悪夢にうなされたりする彼に、それが冗談と聞こえるはずもなく。
「───ごめんなさい。遠慮しときます」
「賢明ね」
素直に辞退の意を示して頭を下げる。
そんなアレンの下げた頭をよしよしと撫でては、
アレンから見えないことをいいことに、
まるで弟でも見遣るかのような笑みを浮かべ、存分に、穏やかにその眼差しを細めた。
「私は良い弟弟子を持ったようで幸せだわ」
「……───ええぇえぇぇッ!!?」
「うーん、いいリアクションねぇ」
そんなこんなでクロス師匠にも愛。
『愛人や知人のつてで〜』とか言って超ウケたんですが(笑)
ちなみに『にわひよ』は『ニワトリとヒヨコ』の略。
image music:【Any】_ Mr.Children.