わんこと
ちょうちょう


「私は室長助手のリナリー。
 室長の所まで案内するわね」


門前へと出迎えに来たのは、黒髪を高く二つに結わいた細身の女の子だった。


「あ、カンダ」
「───」
「……って名前でしたよね…?」


『ギロッ』ではなく『ギラッ』と。
敵意剥き出しの凶相で睨み付けられ、冷や汗たらたらにも少々怯むアレン。
しかし元来お人好しにできているのだろう。
つい先程殺されかけたばかりというのに、
また神田の殺人的な眼付けにもめげずアレンは、
神田へと、敢えて利き手ではない右手を真っ直ぐに差し出した。


「よろしく」


ともすれば。


「呪われてる奴と握手なんかするかよ」


返ってきたのはそんなにべも無い辛辣な挨拶。


「はい、減点」


ぺしり、と。
可愛らしい音を立てて、の人さし指、中指、薬指の先が、
神田の眉間へとクリーンヒットした。


「第一印象は大切に」


「何しやがる!」と口を開こうとした神田の、その整った鼻筋を問答無用にも摘むと、
「礼儀のなってない神田ちゃんにはお仕置き」と、更にそのまま摘まみ上げる。
神田がぐっと唇を噛んだ。
それもそのはず。
ふがふがと鼻声でなんて抗議などできるはずもない。
少なくとも神田のプライドが許さない。
さもあれば抵抗もまた然り。

上手い、と。
アレンとリナリーは心中で拍手を贈った。


「ごめんねー。
 神田ったら任務から戻ったばかりで気が立ってるのよ」
「そ、そうなんですか…」


相槌を打てば、神田から先程と同じぐらいかそれ以上にキツイ視線を食らう。
が、如何せん鼻を摘まみ上げられたままである。
効果の程はといえば、のにこやかな笑みとも相まって半分以下といったところで。
そんな屈辱的な構図にいい加減しびれを切らしたらしい神田は、
鼻を摘まれたままであるにもかまわず、の指を手の甲で勢い良く払いのけた。
実際にはヒットするよりも一瞬早く、が手を引っ込めたのだが。


「いい度胸だな…覚悟はできて───」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね」
「あ、はい」
「オイ!」
「このほとほと可愛げのないわんこは神田」
「な…ッ」


『わんこ』扱いに、思わず素で狼狽した神田を余所に、
は先程アレンがそうしたように敢えて利き手の右手ではなく、
左手を気さくに差し出して微笑む。


「で、私は
 君の先輩に当たるエクソシストよ」


差し出された掌の温かさに深く安堵したことに気付いてアレンは、
自分が思っていた以上にも相当に緊張していたことを知った。


「ちなみに神田も私の後輩」
「誰が…!」
「で、相棒」
「………」
「へぇ、そうなんですか」


凶悪な面相でアレンとのやりとりを見遣っていた神田は、
の『相棒』発言に虚を突かれたように抗議の口を噤む。
扱いも手慣れたもんだなぁ…なんて、アレンがぽけっと感心していれば、
その視線に勘付いたのか、神田は勢い良く団服の裾を翻すと背を向けて苦言を吐いた。


「何が相棒だ。勝手なことを言うな」
「こんな心底可愛くない奴だけどよろしくしてやってね?」
「…っ、付き合ってられるかよ」


しかしそんな付け焼き刃な反撃など到底に通用するものではなく。
かわされれるどころか、糠に釘、暖簾に腕押しと受け止められてさえしまって。
瞬時に思い付く限りの抵抗手段を失って神田は、これまた凶悪な足運びでその場を後にした。


「あらあら、ヘソ曲げちゃって。
 それじゃあまた後でね、アレン君」


にこやかに手を振って神田を追った
すると「付き合ってられない」などとは言いながら、
「神田」と呼ぶの声に、振り返り様にキツク睨み付けて足を止めた神田は、
しかしながらが横に並ぶのを待ってからスタスタと早足にも歩みを再開した。
否、待ったように見えたのはアレンの主観のせいかもしれない。
しかしそれを見て零したアレンの台詞に、リナリーは笑って同意した。


「相棒って感じだね」
「そうね。神田のパートナーなんてきっとにしか務まらないもの」



D.Gray-man.夢、第二段は前回の続きな感じで。
わんこは神田、ちょうちょうはヒロイン。
ひらひらと自由気ままに空を舞う綺麗な揚羽蝶を、
空を見上げるばかりの凶犬は爪に掛けることができないワケです。

image music:【 Marmalade Reverie 】_ Orange Lounge.