ファースト
ロマンス


「……ラビ」
「んー?」


もうあと5cm。
まさにキスする5秒前なその超至近距離。


「近い」


そんな距離感のまま、は呆れた様子の表情と声色でそう言った。


「うーん、やっぱって美人さ」
「それはどうも」
「しかもクール。
 クールビューティーって感じ?」
「そのわりには"おかん"じみてるって良く言われるけどね」
「あはは! "おかん"!
 "おかん"っていうよりはママンじゃね?」
「ママンって…まぁ、どっちでもいいけど」


言って、品良く筋の通った小鼻がふうっと溜め息を吐く。
その微かな振動で、さらりとの髪が眼前で揺れる。
ふわりと透明な華の香りが香った。


「だからラビ、近い」


その形の赤い良い唇に釘付けになる。


「ね」
「何?」
「キスしてイイ?」


ダメ?と。
努めて健気にお伺いを立ててみる。
するとやはり「はぁ?」と言うような表情が返ってきた。
器用にも片眉だけが綺麗に跳ね上げられる。
その深い色合いの双瞳いっぱいに、自分の顔が映り込む。
ああ今自分の瞳にもの顔がいっぱいに映ってるのかと思うと、
どうしてかくすぐったい気分になって、口元が緩むのを堪えきれなかった。


「何なの、急に?」


再度の溜め息。
今度ばかりは無遠慮なそれ。
距離が距離だけにその吐息は感触さえ持ってこの肌を撫でる。


「したいから」


ああ、たった5cmなのに。


「ふぅん…」


縮まない、あと5cm。
縮まない、その5cm。

詰めたくとも詰められない、詰めさせてくれないその距離。





「───じゃあ、どうせだからしてあげようか」





突然、不敵なネコ科の笑みを浮かべたその美貌。
あまりに突然なその変容に、まるで追い付かない思考回路。

待て。
ちょっと待て俺の聴覚。
ついでに脳みそ。

は何て言った?





「へ?」





瞬間、ゼロになったその距離。





「…っ!?」


自分の唇に感じる、自分以外の体温。
柔らかな感触。
頭の中が真っ白というのはこういう状態をいうのか。
余裕が有るんだか無いんだか判らない脳味噌でそんなことを思う。
思っているうちに、重ねられただけだった唇が次第についばむように触れてきて。
自分の思考を何万馬身と突き放して先行するの行動に、
もはや何から混乱するべきかで混乱しているこの頭。


「っ、…!」


ぺろり、と。
舌先で唇を舐められる。
驚いて思わず薄く開いてしまった口。
そこに狙い済ましたかのようにふいに差し入れられた生温かいそれ。


「ぅ…、ふぁ…っ」


何だって、俺が。
俺が女みたいに切なげになんて声を零してるのか。

甘やかに味われる唇と口の中。
浅く、時に深く。
深く、更に深く。
奪うように、というよりは与えるように。
甘やかに注がれ続けるそれに翻弄されて、霞んでいく意識。
ああもう。
どうしろってんだコンチクショウ。
途中酸欠で苦しくなれば、見計らったように舌を絡めとられて。
そうして巧妙に口を開けさせられ、上手く息継ぎなんてさせられて。
気付けばしなやかな指先を差し入れられてなんている後ろ髪。
逃げ道は、無い。
ああ、クソ。
マジで泣きそうだ。
男の涙目なんてシャレにならない。


「ん〜!!」


───もう、限界だっつの。


「…ぷはっ!」
「ムードもへったくれも無いわねぇ」


息も絶え絶えな俺に対し、息一つ乱さず実にけろりとした様子
これもイノセンスの賜物か!?なんて。
内心、全力でヤケクソな感想を叫び散らして、
何とか混乱しきった脳内を落ち着かせようと努める。


「〜〜〜!」
「何?」
「『何?』じゃない!」
「だから何が」
「俺の立場が無いさ!」
「どんな立場よ」
「男としての立場!!」
「ああ、それは失礼」


悪びれた様子も無いに、びしりッと人さし指を突き付ける。





「───俺のファーストキスを返せー!!」





何かもう完全乙女決定じゃんよ、俺。





「あら、それはそれは…だったらもっとソフトな感じにしてあげれば良かったわねぇ」
「そういう問題じゃないっての…!」


の細くしなやかな指先がこちらへと寄越される。
それは、まるで弟やら犬にでもするようによしよしとこの髪を撫でた。
ともすればその心地良さに、何かもうどうでも良くなって。
何をかとっちめようとしてる自分が馬鹿らしく思えて。
なげやりに脱力して、ぽふっと無遠慮にの白い首筋へと顔を埋める。
すると「あらあら」と、優しげな手付きと共に頭上から落ちてくる涼やかな苦笑。
耳に触れる柔らかな口付け。


「ごちそうさま」


ああ、何だ。
こんなに簡単に詰められる距離だったのか、あの5cmは。


「…今度は俺がガッツリいただくかんね」
「ふふ、適度に期待してるわ」





最後に優しくこの髪にキスを落としては、
さっきまでの手練手管がまるで嘘のように、聖母のように穏やかに微笑った。



ラビ16歳ぐらい?(何を聞いてる)
ラビは、『弟扱い時々年下の彼氏扱い』されるといい。(通り雨か何かかよ…)

皆さん、こんなアホ管理人に愛の手をたくさんありがとうございます!
今回は頂いたネタの中から、『濃厚なちゅー(にやり)』と、
『ヒロインに不意打ちにもキスされて狼狽えるラビ』を書かせて貰いましたー。

image music【A black cat plays intense jazz】_ OSTER project.