バニラ


「まったく…いくつになったのかしら、この子」


だらしなく床に投げ出された手。
その指先に頼りなく握られたヘアバンド。
床へとズリ落ちた毛布。

ソファへと仰向けに横たわって、静かとは言えない寝息を立てるラビに、
「確か今年で17だったわね…」と思わず指先でこめかみを押さえた。


「17にもなって腹出して寝ないでちょうだい…」


しかも無断に、人の部屋で。
独り言のように呟くが起きる様子は全く無い。
完全な無防備。
しかたなく溜め息を一つ、ヘアバンドを拾い上げる。
おそらく握ったまま眠ってしまったのだろう。
その手が寝返りをうったはずみに床に投げ出され、
可愛そうに寒い絨毯の上へと放り出されてしまった、そんなところか。
何故そんな断定的な推測が即提示できるのか。
理由は単純。
何もこれが初めてではないからだ。
特技の神出鬼没を発揮しては、勝手に人の部屋に入り込んで睡眠を貪るラビ。
それもベットがあるというのに毎度こちらのソファで。
本人曰く『お気に入りなんさ〜』とのことだけれど、
ラビの身長が私の胸元辺りの頃から繰り返されているそれは、
口で咎めるなどもはや今更、もっと言えば今や日常の一風景と化してしまっているのだから、
微笑ましいやら嘆かわしいやら複雑な心境だった。


「…毎度の事ながら、気持ち良さそうに寝てくれちゃって」


床に投げ出された腕をソファの上へ戻し、ズリ落ちた毛布を掛け直してやる。
するとラビは僅かに身じろぎ小さく声を零したが、
もぞりと寝返りをうつとすぐに何事も無かったように寝息を立て始めた。
顔にかかった長い前髪を指先でそっと払ってやる。
露になる、あどけない寝顔。
幼い頃から変わらぬその顔に、口元が緩るむのを抑えられるわけもなかった。


「睡眠時は口呼吸より鼻呼吸が理想的なのだけど…」


ラビに初めて会ったのは4年前。
ラビが13歳で、私が18歳だった。
ブックマンに紹介されたその男の子はとても賢く好奇心旺盛で、
私の語る言葉の一つ一つにいちいち興味津々、目を輝かせてはもっととせがみ、
左右の耳から取り込んだそれらを片端から全て記憶していった。
その純粋さと可愛らしさに、
私もラビの事をまるでというか弟そのもののように可愛がってきたのだけど。


…」
「!」


寝言にも呼ばれた自分の名前に、はっと現実へと引き戻される。

鼓膜を震わせた低く掠れたそれ。
少年の頃のそれとは色味から違うその声。
しっかりと青年へと成長しつつあるラビの身長はもう大分昔に私を抜いた。
それに合わせて、とも言えるのだろうか。
姉と弟、そんな接し方も自然と形を変えて。
抱きしめてあげる回数よりも、抱きしめられる回数の方が増えて。


「…それ、……やだ、俺のメシ…」
「どんな夢なの、ソレ…」


時に素肌で抱き合うようなそんな距離を許すようになって。


「相変わらず間抜けな寝言なんだから…」


サイドテーブルに乗せたヘアバンドの上に、スペアのキーを置く。





「ちょっと今回は長い仕事だから…、夢で私に会いに来て」





そしてこめかみにそっと口付けて、次の任務へと自分の部屋を出た。



『ラビから主人公に(主人公からラビに)小さな贈り物を』とのネタから。
ヒロインからラビに、スペアキー(勿論、教団内の部屋)の贈り物。
ベタもベタベタな感じに。

image music:【ADIEU】_ Emily Bindiger.