寝ても覚めても


「コムイ、仮眠タイム!」


彼女はこうして決まった周期で、決まった時間に、特製のコーヒーを持ってやって来る。


「んー、こっちの解析結果がもうすぐ出るからそれから…」
「駄目よ」
「やっぱり?」
「やっぱり」


有無を言わせぬその態度。
昔から彼女は、この『仮眠タイム』に関してだけは一歩足りとも譲ってくれることはない。
曰く、『睡眠は資本』とのことで。
『コムイは下手に体力があるからタチが悪いのよね…』と、
僕の体調には殊に敏感な彼女は、事あるごとに綺麗な呆れ顔を披露してくれるのだ。


「はい」
「ありがとう」


湯気を立てる長年愛用のカップを受け取る。
一見してただのコーヒーであるし、実際飲んでみてもただの美味しいコーヒーなのだが、
彼女特製であるそれは色々と科学的な趣向を凝らしてあるらしい。
もとい、カフェインの特性を上手く調整してあるそれは、
速やかに眠りへと誘ってくれるし、きっかりすっきりとした目覚めを提供してくれる。
勿論、人体には無害だ。
いつだったか調合方法を教えて欲しいと頼んでみたこともあるのだが、
『それじゃあ私がコムイ専用の"枕"である理由がなくなるでしょう?』と、
結局教えてくれることはなかった。
そんなことで僕が彼女という最愛の"枕"を手放すはずなんてないのに。


「こっちのヤマは言語学と民俗学の強いのが必要そうね」
「そうだね」
「コムイが寝てる間に私が片付けとくわ」
「はは、これはもう科学班にも籍を置いとくかい?」
「そうね、コムイと同じ籍に入れて貰ってから考えるわ」


程良い温度のそれをソファでゆったり飲み干して、一息吐く。
すると羽ペンを一本と、報告書の束をいくらか僕の机から持って来た彼女は、
ソファの端へ、いつも通りの"所定の位置"へと腰を降ろした。
僕もいつも通りに眼鏡を外して、ごろりと彼女の膝の上へと頭を置く。


「おやすみー」
「おやすみなさい」


目を閉じれば顔の上へとそっと乗せられる数枚の書類。
眩しくないようにとの彼女の心遣いだ。
ぺらりぺらりと規則正しい感覚で捲られていく紙の音が鼓膜をくすぐる。
エクソシストとファインダーの大量虐殺があってからこの方、
激しくなる一方の科学班のやりとりを子守唄に、感覚の全てを彼女の体温に委ねていく。
『人間はね、人肌の温度、つまり基礎体温を一番心地良く感じるものなのよ』とは彼女の言。
まったくもってその通りだ。
彼女の体温ほど僕を安心させるものはない。


「リーバー班長、そっちの書類取ってくれる?」
「了解」
「あとこれ、処理し終わったから」
「あ、どうもっす」


そっと、胸の上に置かれる書類の束。
おそらく今リーバー班長に取って貰ったものだろう。
その重さにも心地良さなど感じて、うつらうつらと眠りに落ちていく。


「しっかし、毎度のことながら贅沢なもんっすね」
「寝てる間に仕事もしてくれる安眠枕だものね」


誰にも貸し出す気はないよ。

もそりと軽く頭を置き直しつつ夢現つにもそう言えば、
一方が目を見張り、もう一方が楽しげに笑んだのが気配で判った。



寝ても覚めても君の顔なんて。
ねぇ、僕はなんて幸せ者なんだろうね。

今週のたった1コマの仮眠中コムイ兄さんにやられて書いたとかそれも愛。(何ソレ)

image music【時の揺り籠】_ 九十九真夜.