バク・チャン的
アナリーゼ


「あら…お久しぶりね、バク支部長」


ややや!
先程春風のように可憐に去って行ったリナリー嬢に思いを馳せていると、
気付けばこちらへと歩いて来ていたのは、にこりと艶やかな笑みを浮かべた極上美人。
まるで黒揚羽蝶を思わす艶美な存在。
彼女の名は
黒の教団で最も強く、最も美しいエクソシストだ。
教団古参であり、また五元帥に次ぐ実力を持つ彼女。
しかし不思議とその容姿や実力と齟齬しない気さくな人柄も有り、
エクソシスト、ファインダー、その他を問わず慕われ、尊敬されている。
人望という点ではオレ様に比肩すると言っていいだろう。


「長旅、お疲れ様」
「いやいや。常から世界中を飛び回っている身。
 月に1度ヨーロッパに来るぐらい大したことじゃないですよあっはっは」
「それは頼もしい限りね」
「そうでしょうそうでしょう!
 むしろ美しい貴女に会えるのなら、毎週、いや毎日来てもいい…」
「ふふ、お上手ね」


そのしなやかな指を持ち上げそっと口付ければ、
まるで猫のようにゆったりと、けれど何処かいたずらっぽく細められた黒曜の双瞳。

ああ、何て美しい。
何者をも惹き付けてやまないその美貌。
何者をも威圧し征服するその強い眼差し。
何者にも屈することのないその誇り高さ。
19世紀の世界三大美人を挙げるとしたら是非アジア代表として彼女を推したい。
リナリー嬢も十分美しいが、彼女はやはり十二分にも美しいのだ。
そう何を隠そう、オレ様は最初彼女こそがリナリー嬢の姉君だと思っていたぐらいだ。
彼女とリナリー嬢はとても仲が良い。
二人腕を組んで教団の廊下を連れ立って歩いていることもしばしばであるし、
(勿論リナリー嬢が彼女の腕に手を絡めているのだ!)
二人組んでの任務はどのエクソシストコンビよりも多い。
(ここ数年の二人の活動をオレ様が直々に累計・グラフにまとめたから確かだ!)
まさに姉妹同然。
このオレ様が勘違いしてしまうのも致し方無いこと。
ところがどうだ。
あの美しく気高いリナリー嬢が、やはり美しく気高い彼女の妹ではなく、
憎っきコムイの妹だなんて!
そういえばあの男、彼女とは『世紀の大親友』であるなど吹聴して回っているな。
まったく腹立たしい。
リナリー嬢がコムイの妹と知った時の脳震盪…もといショックも大きかったが、
彼女が『まぁこんな変人でも一応ね』と苦笑して付け加えたのを聞いた時には、
本気で耳鼻科に駆け込もうと思ったぐらいだ。(実際医療班に駆け込んだが問題無かった)


「あら、随分と繊細な龍の絵…綺麗な缶ね」
「え? あ、ああ、これは…その、実家から送られてきた健康に良いという漢方茶で…」
「コムイに差し入れ?」
「そ、そうなんですよ!
 室長ともなると色々と多忙が重なってさぞや疲れが溜まってるだろうと思いましてね!」
「中、見せて貰ってもいいかしら?」
「へ?」
「中国のお茶って香りがいいでしょう?
 それこそお湯を注がずとも茶葉だけでも楽しめるぐらいに。
 しかもそれがバク支部長の御実家で作られたものとなれば、
 興味を持たずにはいられないもの。
 勿論、気に障るようなら構わないけれど…」
「い、いや! そんな!
 私が美しい貴女の頼みを断るわけないじゃないですか! ないですよ!」
「ふふ、嬉しいわ」


優雅な仕草でもって片方の髪を耳に掛けると、
蓋を開けてみせた茶缶へと僅かにその身を屈める。
そっと伏せられた目蓋。
薄らと白い肌に落ちる長い睫毛の影。
しなやかな指が香りを仰ぎ寄せんとゆるりと宙を泳ぐ。
本当に何をしても絵になる美しさ。
それらに見蕩れつつも「はッ!よもや香りだけでも効果を発揮しないよな…!?」と、
多少の、ほんっとーうに多少の冷や汗を背に滲ませる。
斜め後ろのウォンに視線で問い詰めるがフルフルと左右に首を振り乱すだけ。
…この役立たずめ!


「ふぅん…」


小さな呟きと共に再び開かれた静かな双眼。
すると彼女はすっと両眼を細め、先程のそれとはまた違った薄い笑みを目元に浮かべた。
形の良い唇へと利き手が添えられる。
腹に一物も二物もあるせいもあり、一瞬ぎくりと背筋が音を立てて強張ったが、
しかしすぐに先程通りの穏やかな笑みを浮かべた彼女にそれが杞憂であったことを知った。


「いい香り」
「そ、そうですか」
「ええ、とっても。
 しかしたった3パックなんてよほど貴重なお茶なのね」
「あ、あははは! それはもう!」
「"これ"ならきっとコムイも"喜ぶ"わ」
「だとしたらしてやったり…じゃなかったっ、う、嬉しいですね!」
「ええ、絶対に喜ぶわ。
 …それもとびっきり、ね?」
「はい?」
「私が保証するわ。
 それじゃあ私はこれで。
 "また後でね"、バク支部長?」


最後まで美しく彩られた去り際。
ああ、是非ともオレ様の愛人になって欲しいものだ。





「───"薬"は即効性よりも持続性の方が重要なのだけどね?」





こちらへと背を向ける一瞬、彼女の薔薇色の唇が、
何をか呟いて動いたように見えたのはオレ様の気のせいだろうか?



D.Gray-manノベルス読みました記念に一作。
この後ヒロイン、自分の部屋でアッサリこのお茶調合してそうです(笑)
で、「ちょっと改良してみたの♥」とか兄さんトコ持って来るんですよ。
「さぁ召し上がれ」って。イチコロですよ。(ぇ)

コッソリとオマケ