真夜中の純情


「あー…、神田」
「何だ」


眼下には女。
その背の下には白いシーツ。
備え付けのベッド。
そして、それらを見下ろす自分。


「何でまた私は、神田に組み敷かれてなんているのかしら?」


言って女はまるで聞き分けのない子供に何をか言い聞かせるように、
一つ、溜め息なんてものを吐いて見せ付けてきた。


「それはお前が"夜這い"に来たからだろ」
「だったら普通私が上であるべきじゃない?」
「…そういう問題かよ」
「あら、イニシアチブは結構重要よ?」


両手首を弱くはないがゆるくもない力で掴まれ、ベッドへと張り付けられて、
あまつさえ覆いかぶさる男に首筋を唇でなぞられているというのに、
女は焦った様子も無く、また抵抗の一つも起こさず実にのほほんとそんなことをのたまう。
気に入らない。
太腿の付け根まで入ったスリットへと手を差し入れる。
撫で上げるように割ってのぼれば露になる白い肌と黒レースのガーター。
この女が酷く好んで身に付けている色だ。

自分と同じ"黒"。
けれど自分よりも高潔で誇り高い、光を抱いた闇の色。


「何、神田って私のことが好きだったの?」
「誰が。別に感情なんざ無くとも抱けるだろ」
「…発情期?」
「乱暴にされてぇのか、テメェは…」


首筋へと埋めた顔を挙げて、悪態を吐く。
極間近に、真正面にある女の美貌。
からからと笑う。
腹立たしい。
苛つく。
引っ掴んだ胸元の合わせを乱暴に引き下ろす。
引き千切られた布が微かな悲鳴を上げ、いくつかのボタンと金具が弾けて飛んだ。
女が「あーあ、これおろしたてなんだけど?」と不満げに顔を顰めた。
知ったことか。
ブラックダイアの原石を思わせるその瞳を睨み付けざまに覗き込めば、
見慣れた凶悪な面相がいっぱいに映り込んだ。


「『感情が無くても』、ねぇ。そんなもんかしら」
「…随分と余裕だな」
「だって『感情が無い』割には随分とやり方が優しいんだもの」


艶やかで挑発的な、ネコ科の笑み。
ネコも、捕食する側のそれだ。


「ねぇ、優しい神田ちゃーん?」


ちり、と。
胸の奥が焦げるような痛みを覚えた。

暴れないから手首離して欲しいんだけど、などと。
余裕綽々、指先をひらひらとしてみせる女。
本気で腹立たしい。
しかし手加減は心得ている。
問題無く血は巡っているだろうし、痛むはずもない。
というか恋人でも何でもない男に組み敷かれてるってのに一体どういう神経してんだこの女。
俺を男とも思ってねぇのか。
それともコイツが女じゃないのか。


「うるせぇ」


一蹴する。
一蹴して、油断した。





「隙有り」





目眩にも似た一変。
須らく反転した世界。





「───…ッ!?」
「技有り、ね?」





気付けば手首をシーツへと押さえ付けられ、組み敷かれ見下ろされてなどいるこの身体。





「神田。その顔、傑作」


真上にあったのは、くすくすと声を立てて笑う穏やかな女の顔だった。


「クソ…ッ」
「ふふ」


先程はだけさせた胸元から覗く、ふくよかな白い双丘、谷間。
黒い聖職服と白い肌。
形の良い赤い唇。
そのコントラスト。
腹立たしいことに、目が眩む。
胸がざわつく。
心臓が勢い良く脈を打ち出す。


「さて、ここで問題です」
「あァ?」
「どうして神田は私に馬乗りにも組み敷かれているのでしょう?」
「………」


俺は男で。
俺を組み敷くコイツはそれでもやはり女で。


「一、神田の修行が足りなかったから。
 二、神田が姫属性で、私が王子属性だったから」
「待てコラ」
「そして、三」


そう、女で。





「───私が神田のことを押し倒してしまいたいぐらいに好きだから」





は、やはりなのか。





「出血大サービスにも三択よ。
 さぁ、どれでしょう?」


楽しげに笑うその顔がどうしたって気に入らず、
その髪に指を差し入れて乱暴に引っ掴むと、後頭部ごと強引に引き寄せ唇を奪う。
今度ばかりは呆気無く重心を崩したその身体。
口付ける直前の、目を見張った女の顔。
顔を離せば間近にある、「やられた」といったその表情。

ザマぁみやがれ。





「───"三"以外は許さねぇ」



神田は『夜這い』とか言ってますけど、
実際はヒロインが「寝酒付き合いなさいよ」と酒を持って来ただけという(笑)

image music【真夜中は純潔】_ 椎名林檎.