情エングラム


「時に怠惰師匠」
「何だ怠慢弟子」


この男との会話というものは、大抵の場合罵倒を前置きに開始される


「今宵はどちらの愛人宅にたかられるのです?」
「今夜は気が乗らん」
「まさか野宿とでも仰るのですか? 仰りませんよね? とりあえず言うなよ」
「そうだ、これも修行だ馬鹿弟子」
「何が修行か。私から巻き上げた泡銭はどうしたこの馬鹿師匠」


実際は聞くまでもない。
秘蔵モノと文句のついたラベルと見れば片っ端から手を付けるような男だ。
最近私からカードで巻き上げた分の金銀は既にワインやらシャンパンの泡に消えたのだろう。
何て底無しにロクデナシな人間。
しかしそれでもこの男を師にもったことには一縷の後悔も無いのだから、
我が事ながら己と世界の不条理さには溜め息を禁じ得なかった。


「あーあ、14の身空で早まるつもりなんて毛程も無かったのに…。
 何でこんな文無し人で無し甲斐性無しの三重苦を師匠になんて持ったんでしょうね私」
「何を言ってやがる。
 寝床やら食事やらは俺が稼いでやっているだろう。人徳で」
「『身体で』の間違いでしょう」


稀に『知人』であることも確かにあるが、本当に一握りだ。
ほとんど、というよりほぼ『愛人』である。
ともすれば『愛人』と一夜共に過ごす結果として部屋と食事を用意されるのだ。
すこぶる青少年の育成にはよろしくない環境だろう。
まったくもってこんな破戒神父を野放しにするのだから、黒の教団も大した組織だと思う。


「だいたい、実質安定して稼いでるのは私じゃないですか」
「寝る間を惜しんでカードを教え込んだ甲斐があったってもんだ」
「だから『抱く間』の間違いでしょうが。
 私はイカサマを学ぶために師匠に弟子入りしたわけでは決してないんですが?」


日々の食事代やら旅費といった経費はほとんど自分が稼いでいる。
それもギャンブルで。
この破戒神父から最初に教わった"遊び"がカードたったからだ。
おそらくこの万年の借金神父は最初から『稼ぎ』という目論みをもって、
趣味と実益を兼ねて自分に教え込んだのだろうが、
おかげで一人前のエクソシストになる前に、
一人前どころか軽く二・三人前のイカサマ師になってしまった。
とんだ運命である。
これが嘆かずにおられようか。
おられるのだから本当に始末が悪い。


「それに自分は高ーい棚の上ですし」
「何がだ」
「だってこんな美少女ですよ?
 それに師匠直伝のテクニックもありますし?
 どう考えたって、明らかに私がやった方が稼ぎがいいじゃないですか。
 なのに師匠ったら『聖職者にあるまじき』なんて禁じてくれるし。
 これを高い棚と言わずに何と…」
「当たり前だ」


いつものようでいて、いつにない口調でそう断言する。
その違和感に思わず口を噤んだままにも無防備になんて隣を見上げれば。





「───弟子お前のモノは師匠オレのモノだからな」





お前の身体もオレのモノだ、と。
いけしゃあしゃあと言い放って男はゆったりと甘い煙を吐き出した。





「…常から放置のクセに妙なところで執着見せますよね」


腹の内など見せたことがない。
見せたいと思ったこともないし、見せようと思ったこともない。
それはおそらく互いに互いの考えていることなど知ったことではないからだろう。
けれど近頃はふっと前触れも無く相手の腹の内が透けて見えたりすることがある。
相手の考えていることなど知ったことではないはずなのに、
口にされないその言葉が鼓膜を介さず脳内に直接再生されて聞こえてくることがあるのだ。
それも一方的にではなく相互的に。

そう、今この瞬間にも相手のその言葉の裏が垣間見えるように。


「まぁ野宿でもいいですけど。
 その代わり2m以上離れて寝て下さいね。妊娠すると困るから」
「俺はサケか何かか」
「それ、サケに失礼ですよ」
「お前は俺に失礼だと身をもって知るといいこの馬鹿弟子が」
「きゃー」





おそらくこの腹の内など、身体の内側同様知り尽くされているのだ。



このSSは相互リンクお礼としてほ。の臣サンへ。
お、遅くなってしまって本当に申し訳無い…! 1ヶ月…!!(土下座)
リクは『クロス師匠で師弟関係。言葉の掛け合い多め』とのことで、こんな感じになりましたー。
そしてこちらからもリクエストOKとのことで…ず、図々しくもリクなんてさせて頂いたり。
是非是非、大好きな『タヌキさんとキツネさん』のお話をお願いします!
(あ、勿論ここを御覧になってたらで良いので…!)

image music:【Sugar】_ EGO WARAPPIN'.