「彼女なら彼の意志を継いで戦い抜いてくれるはず?
彼の死を乗り越え、千年公との戦いを先頭に立って導いてくれるに違いない?」
鬱陶しい御上のジジィ共だけでなく、
黒の教団に属する者達のほとんどがおそらくそう思ってるのだろう。
「───冗談じゃない」
ならばこれを、彼らは"裏切り"と罵るだろうか。
「私はそんな適当な女じゃないのよ」
彼の白い肌を撫でる。
ぬくみの無いそれはとても滑らかで、彼が物質に変わった事実を如実に物語っていた。
この白も後数日もすれば酸性腐敗が始まり、アルカリ性腐敗へと切り替わり、
茶と紫を混合した胃臓を締め上げる死臭を放ち始めるのだ。
勿体無い。
こんなにも綺麗なのに。
けれど仕方無い。
彼は死んでしまったのだから。
「私にとってコムイは【全て】。
世界の全て。
私を構成する全て。
この世が存在する意味の全て。
私という人間が今こうして死なずにいる理由の全て」
そう、仕方無い。
「コムイの居ない世界に価値など無いし、コムイの無い私に意味なんて無い」
可愛い妹と弟達。
リナリーの悲痛な叫びが鼓膜に刺さる。
アレン君の怒った顔なんて初めて見たかしら。
ラビは…まぁそんな顔をすると思ってたわ。
でも神田は意外ね、そんな目を見開いて見せてくれるとは思わなかったわ。
「じゃあね」
この右胸の心の臓が砕ける音を、ああ1番聞かせたかったのは貴方だったのに。
白く冷たいその手で
この胸の溝を埋めて
「───という夢を見たの」
「最悪だね。
何を勝手に死んでるんだろうね、君の夢の中の僕」
「まったくね」
僅かにじとりと汗ばんだこの背へと腕を回して彼は、
実に不愉快気に眉を潜め、まるで親鳥が雛を温めるかのようにこの身体を抱え込んだ。
彼の体温を感じてようやく気付く。
端々から随分と熱を失っていたこの身体。
肌を介してじんわりと溶け込んでくる彼の体温に、
背を強張らせていた無用な力がゆるゆると抜けていくのが判った。
「ちなみにコムイならどうする?」
「僕?」
「そう。私が死んだらコムイはどうする?」
判っている。
この問いがどれだけ不毛な代物であるかなど。
「君はどうして欲しい?」
「私?」
「そう。君が死んだら僕にどうして欲しい?」
言えるわけがない。
「言って、?」
私が居なくなる時は一緒に居なくなってなんて、言えるはずがない。
「…質問で質問を濁すのは関心しないわね」
「うん、知ってる。
君はそういう態度が何よりも嫌いだってコト」
「それはつまり私に嫌われたいと?」
「まさか。君に嫌われる予定は当面無いよ」
だから、どうか。
「───ただ僕はね、死んでも君に繋がれたいんだよ」
どうか、そんなことを言わないで。
「…マゾ?」
「酷ッ。
っていうかムードぶち壊しじゃないか〜」
「ああ失敬。私としたことがうっかり」
どうか言わないで。
そんな事を。
お願いだから甘やかさないで。
そんな風に甘やかされたら私は。
「………私を、独りにしないで…」
私は、端からさらさらと崩れ落ちていく。
「それが何処であっても一緒に、来て…」
「うん、勿論」
どこまでも生ぬるいぬかるみを良しとしてしまうから。
「君を絶対に独りにはしないよ。
君を何処にも置いていったりはしないし、君が何処へ行っても追い掛けていくから」
コムイ無しじゃ生きられないような女になってしまう。
コムイが居なければ息もできないような人間になってしまう。
コムイのために世界を売るようなエクソシストになってしまう。
けれど。
「───君の泣き声をたよりに僕は、何処であっても必ず君の傍に駆け付けてみせるから」
彼を手繰り寄せることができるのなら。
私はこの無様な嗚咽を捨て去ることはきっとないのだろう。
「たとえ其処が地獄でも、君が居るのならば天の花園も同じだ」