シスター


「おはよう、コムイ」
「ああオハヨ、


いつも通りの笑顔を突き合わせて、やはりいつも通りにも任務の話に入った2人。
それは普段と何一つ変わりない良くある朝の光景のはずだった。


「…兄さん、何したのかしら」
「コムイさんが…どうかしたんですか?」
「うん。、もの凄く怒ってるから…」
「え? 怒って…?」
「それに兄さんももの凄く機嫌悪いみたいだし」
「………そうなんですか?」
「うん」
「僕には2人共普段と変わらないように見えるんだけど…」


今日初めて科学班に顔を出したへと、
専用の瀬戸物のマグカップにコーヒーを注ぐ。
対して隣のアレン君は2人の様子を遠目に眺めながら首を捻って唸っていた。
当然だろう。
普段と至って変わりなく振舞っている一方は心底腹を立てていて、
片や一方は不機嫌も高潮だと言われたら首も捻りたくなるはず。
実際、以前今とまったく同じ状況が起こった時、
リーバー班長も彼とほぼ変わりないリアクションだった。


「それじゃあね」
「うん、気を付けて」


普段と変わらぬ艶やかな笑みを浮かべる
普段と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべる兄さん。

ああ、やっぱり2人して怒ってる。


「喧嘩でもしたのかな…」


兄さんとは時折こうして喧嘩をする。
曰く「ろくに喧嘩もできない恋人ってどうよ?」、
兄さん曰く「喧嘩も長続きの秘訣だよ」と2人共喧嘩を良しとはしているのだけど。
それが高じると、たまにこんな冷戦状態が勃発する。
短い時は2〜3日ですぐに仲直りするけれど、最長記録は2ヶ月強という記録も持ってる。


「喧嘩…、どうしてそう思うんです?」
「だってって任務に出かける時は絶対に『行ってきます』って言うし、
 兄さんは『行ってらっしゃい』て言うのに、さっきは無かったでしょ?
 2人が喧嘩してる時っていつもそういうのが無いの」
「へぇ…」


そういえば。
兄さんとは初対面の時にも派手な喧嘩をしたのだと言っていたのを思い出す。
私が気を違えたことをが中国支部に居た兄さんへ伝えに行ったという、
状況が状況ではあったのだけど。
何と、兄さんが握った拳での右頬を殴ったという。
最初聞いた時は「まさか」と思わず否定してしまったけれど、
そんな私に2人は「互いに青かったのよねぇ」「お互いに青かったんだよねぇ」と、
苦笑まじりにもからからと笑っていたのだから事実のようだった。


「リナリーって凄いんですね」
「『凄い』?」
「はい。だってさんとコムイさんって…これは悪い意味じゃなくって、
 こう…あんまり自分の考えてることとかを人に悟らせないっていうか、
 常から周囲から上手く隠してるところがあるじゃないですか。
 なのにリナリーは良く見てるなって」
「一応兄さんは私の兄さんだし、も私にとっては姉さんみたいなものだから…」
「リナリー、アレン君」


そんなことをアレン君と話している間に、科学班の皆と話しながらこちらへと、
部屋の扉へと向かって歩いていたがすぐそこまで来ていた。
兄さんに向けたそれとは違う、本当にいつも通りの穏やかで艶やかな笑みを浮かべて、
利き手を軽く挙げわざわざこちらへと足を向けてくれた
そのに、説明を受けた後すぐに出掛けるのだろうと踏んで、
いつもより量を少なめに注いだマグカップを「はい」と手渡す。
「ありがとう」と笑ってはすぐにそれに口を付けた。


「おはようございます。さん」
「おはよう、アレン君。
 今日も礼儀正しいわね、結構結構。
 リナリーも相変わらず可愛いくてお姉さん嬉しいわ」
「えへへ…おはよう、
「おはよう」


『お姉さん』という言い回しに、先程までのアレン君との会話を聞かれていたのかと、
ちょっぴりドキリとしたがすぐに杞憂であったことを知る。
理由はの声色。
どこがどうと説明を求められると困るのだけれど、感覚的に判るのだ。
ただし自分に向けられたものに限ってしまうのだけど。


「今回はどこに行くの?」
「ベルギーよ。
 お土産に美味しいチョコレート買って来てあげるわね」
「嬉しい!」
「アレン君にはワッフルかしら?」
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、それじゃ行って来るわね」
「はい、行ってらっしゃい」
「あ、私エントランスまで送るね」
「あら嬉しいわね」
「それじゃまた後で、アレン君」
「はい」
「じゃあねアレン君」
「気を付けて」
「ありがとう」


数歩先を行くの後を追って、科学班の扉を閉める瞬間。


「……本当だ」


と、呟くアレン君の声が聞こえた。







「ねぇ、
「なあに?」
「兄さんが何をしたかは判らないけど…、
 きっとを思ってのことだと思うから許してあげてね」
「…やっぱりリナリーには判っちゃうのねぇ」


言えば、一瞬きょとりとして。
けれど次の瞬間にはちょっと困ったような笑みを浮かべてはそのまま苦く笑った。
僅かに照れを含んだそれは、昔から自分と兄さんだけに見せてくれるそれで。
「今回はちょっと違うんだけどね」。
付け加えて「うーん、何と言ったものかしら…」と小さく唸る。
それに首を傾げて見せれば、穏やかに微笑っては額に軽いキスをくれた。


「可愛い妹にそんな風にお願いされちゃ、ね?
 後でゴーレム越しにも投げキス飛ばして仲直りを提案してみるわ」
「ありがとう」
「やだ、どうしてリナリーが礼なんて言うの?」


が声を立てて笑うことはあまりない。
それこそ私か兄さんの前でぐらいしか私は見たことがない。
兄さんはまた違うのかもしれない。
私よりもずっとと居る時間は多いから。

兄さんにもにも両方にちょっとずつ嫉妬をしつつ、
「行ってくるわね」とウィンクをくれたに「行ってらっしゃい」と手を振った。







「兄さん」
「何だい、リナリー?」
と何があったかは判らないけど、ちゃんと謝りなよ?」
「…やっぱり判っちゃうかなぁ、リナリーには」


を送り出し、戻った科学班。
兄さん専用のウサギのマグカップに兄さんの大好きなブルー・マウンテンを注いで、
兄さんの仕事机の上に置きつつしっかりとそう告げる。
すると兄さんはやっぱり同様、一瞬きょとんと目を見張って。
その後ゆるゆると空気が抜けるように破顔して、そして困ったように苦く笑った。


「次にから連絡が来たら謝るよ」
「ダメ。こういうのは、自分からするから意味があるの!」
「でも、公共電波の私的使用は良くないだろう?」
「今更よ」
「そうかなぁ?」


「はは、確かに今更かもね」と。
手にしていた書類を、書類の山の上へと放り投げてコーヒーに口を付けた兄さん。
おもむろに椅子ごと右斜め後ろへと横着して移動すると、
電話の受話器を持ち上げて迷い無くダイアルを回す。
数秒の間。
が出たのだろう。
ふっと口の端を緩めると兄さんは、ひとつ息を吸い込んでこう言った。





「おはよう、





たぶん電話の、ゴーレムの向こうではが「おはよう」と微笑っているんだろう。



『私もコムイも、やっぱりリナリーには適わないのよねぇ』
「だね」
『でもまさか私達の喧嘩の論点が、
 「リナリーとアレン君について」だとは思わないみたいね』
「………そうだね」
『折角リナリーが取り持ってくれたのに、また喧嘩するのは嫌だから今は口を噤んどくけど…』
「判ってるよ」
『本当かしら』
「僕だって君との仲をリナリーに反対されたら悲しいからね」
『…そうね』
「お、照れてる?」
『切るわよ』
「はいはーい。それじゃあ行ってらっしゃい」
『行って来ます』


image music:【あめ曜日】_ 鶴.