来たるべき
其の帰納法


「……コムイ、まだ?」
「あー…、もう少し」


私は今、コムイにぬいぐるみよろしく後ろ抱きにも抱き竦められている。

ぎゅっと。
それはもうぎゅうっと。
相手が加減を心得ているせいもあって苦しくは決してないのだが、
抱き締められてからもうかれこれ1時間近く経つ。
毎度の事ながら、良くもまぁ飽きないものだと温かな男の腕の中でそんなことを思った。


「もう少し、ね…」


"コレ"は、ちょっとしたコムイの癖。
時折コムイ何の脈絡も無く「ちょっと僕に抱き締められてくれない?」と言って寄越す。
そうして別段事に及ぶでもなく、私の身体を腕の中に収めては長時間過ごすのだ。
それは立ったままである時もあれば座った状態の時もあるし、
向き合ってることもあれば後ろから抱きしめられている場合もあり、
体勢はその時々によりまちまちで規則性は皆無だった。
今回はベッドに腰掛けるコムイの膝の間に座らされ、
ただひたすらに後ろから抱き締められている。
背中に感じる、自分よりも幾分高い体温。
外見から想像するよりもしっかりとした胸板。
回された腕はきつくもないが緩くもなく、
その程良い拘束力に、いくら真正のインドア派とはいえ相手も立派な男なのだと、
まさに今更ながら再実感させられた。


「後どれぐらい?」
「んー…、あと10分」
「さっきも聞いたわよ、それ」
「そうだったかなぁ」


勿論、嫌だとか鬱陶しいという感情は微塵も湧かない。
腐っても婚約者である。
一線などとうの昔に越えてしまっているわけだから、恥じらいも何も無い。


「…嫌かい?」
「嫌だったら最初から触らせないわよ」
「はは、そりゃそうだ」


それに何となくだが判るのだ。
コムイの求めているものが。





「───…君を弔う夢を見る日がある」





コムイの求めているもの。
それは私の身体。
私の体温。
私の心音。
私の呼吸。

私が生きているという事実を決定付ける事象の全て。


「昨日も、そうだった」
「そう…」


コムイは科学班室長として研究室に篭りっきりで、
私はエクソシストとして現地へと赴いてと、各々のやり方でアクマと戦っている。
だからこそ、コムイは恐れているのだ。


「嫌なんだ、君を失うのは」


自分の手が、目が届かない処で私が死ぬことを恐れている。


「それがたとえ現実でなくとも、夢の中であっても…───」


肩に顎を乗せるコムイの、クセの無い前髪が首筋をさらさらと撫でる。
心地良い。
その感触が惜しくて、毛を舐める猫のように擦り寄れば更に深く抱き込まれた。
切ない抱擁。
拙い束縛。
脳裏に甦るヘブラスカの『預言』。





。お前のイノセンスはいつか黒い未来において、
 その身を砕いて、『時の殻』を破り『破壊者の胎盤』を築くだろう…───』





その時はどうか。
彼の手も、彼の目も、何一つとして届かぬ場所であるように。





「…ねぇ、夢判断って知ってる?」


抱き竦められたまま、首から上だけで振り向く。
ともすればどうしたって擦り合わさる互いの頬。
極至近距離にあるコムイの唇がふわりと鼻先を掠めた。
そのまま輪郭を辿って重ねられた唇。
感じ知ったそれに目を閉じる。
啄むような、触れるだけの口付けを幾度と繰り返す。
どちらからともなく離せば、どちらともなくまた寄せて。
寄せては引く波のようにキスを交わす。
しばらくそうして戯れ合って、もう十分とばかりに瞼を上げれば、
其処には普段と変わらないコムイの顔があった。


「どっかの性欲求至上主義な心理学者が提唱したヤツかい?」
「そう。近しい人が死ぬ夢っていうのはね、
 死ぬ人間が夢を見ている人間に自立して欲しいと思ってるらしいわよ」
「へぇ…───って、もしかしてそれは遠回しにも鬱陶しいと…!?」
「さぁどうかしら」
〜」
「ふふ」


『ごめんね』。
謝ってしまえばそれは自分の死を容認してしまうようで。
無論、易々と殺されるつもりもなければ、むざむざ死ぬつもりもないけれど、
しかしやはり突然で不可避な現象というものはあるものだから。
またそれを完全に否定する手立てを私は持ち合わせてはいないから。
『死なない』と、安易に約束することはできない。

けれど。


「あと東洋の俗習ではね。
 夢の中に意中の相手が出てくるのは、
 その相手が自分のことを強く想ってくれているからなんだそうよ?」


『それじゃあ式は、世界を救って最初の休日にしようか』。
彼が紡いでくれた私の尊い未来を、手放す気もさらさら無いから。


「ふぅん…それじゃあ僕は、君の夢に連日出場だね」
「あんまり嬉しくないわね」
「酷ッ!」


どうか、私が今生きているという事実を決定付ける全てを彼に。





「───だって私としては夢の中よりも、こうして実際に触れられるコムイの方がいいもの」





そして逃れ得べかりし時には、この心ごと深い懺悔を。



その人が死ぬその瞬間ではなく、死んでしまった後に弔われる光景のみが見えるというのは、
失うその瞬間を垣間見るよりもずっと精神的に辛いのだろうなぁと。

書いてみたら意外と"婚約者設定"気に入ってしまって…(笑)
リナリーが義妹でアレン君が義弟(決定事項か)なんて美味しいよなぁ。

image music:【樹海の糸】_ Cocco.