クロス様。
アニタは立派な女になれたでしょうか。
「さようなら」
この身へと惜しみなく降り注ぐ灰色の雨。
視界を占める重苦しく、けれど何処か柔らかな曇天。
あの方が好んだ、空。
「さようなら、クロス様…」
雨の朝、あの方はいつだって自分よりも先に目を覚まし空を眺めていた。
『雨がお好きなのですか?』と問えば、『好きではない』と淀み無く答える。
今思えば、あの方から私が得た回答といえば、
後にも先にもこの問いたった一つであったように思う。
大抵の物事を『気に入らない』とするあの方にとって、
『好きではない』という分類と表現がどのような意味を持つのか。
私にも理解し得た。
『あら、雨…』
『まぁ、傘をお持ちいたします』
『ああいいわよ。
濡れて帰りたいから』
『え? ですが…』
『ふふ、いいのいいの』
いつだってあの方を訪ねてこの地へと姿を現すその女性
ひとは、
降り出した雨に目を細めて、愛おしげに眺めそう言った。
『雨がお好きなのですか?』と問えば、『好きよ』と躊躇い無く答える。
今思えば、その女性の素の笑みを得たのは、
後にも先にもこの問いたった一つであったように思う。
『雨は自分と世界を遮断し、隔絶させる。
私は結局どこまでもいっても独りなのだと知らしめられる』
『様…』
『でも思い知らされて気付くのよ。
"今"は違う"ってことを』
『………』
『私は結局どこまでいっても独りだけれど、
結局どこまでいっても独りなのは私一人ではないことを思い知らされたから』
『それはクロス様に、ですか…?』
『あの馬鹿師匠は雨嫌いみたいよ』
『え?』
『「雨もお前も鬱陶しいことこの上無い。
不愉快だ。今すぐにでも俺の前と言わず地上から消えて失せろ」だそうよ?』
ああ、あの方が雨という天気を好むのは。
『雨も私も、酷いウザがられようでしょう?』
あの方が灰色の空を見上げるのは、きっと。
「クロス様、アニタは」
ああ、あの方も。
今日本の何処かでこの空を見上げているだろうか。
そうであればいい。
消え逝くこの最期の瞬間に、あの方と繋がっていられる。
あの方の愛した天の候に抱かれて逝ける。
「アニタは立派な女になれたでしょうか?」
『………ぼちぼちか』
『え?』
『2時間後、出る』
『ど、どうしたのですか? 急に…』
『馬鹿弟子が来る』
『───…』
「母が認めてくれるような女に…」
『"あれ"は昔から雨を呼ぶ』
「あの女性
ひとのように、貴方様が必要とするような女に私は…───」
最期に見上げた雨と空に映ったのは、記憶の中の雨を眺めるあの方の背中だった。
クロス←アニタ萌え。
実は雨女なヒロイン。
雨に、野良犬時代の血と雨にずぶ濡れたヒロインを思い出しては、
コッソリほくそ笑んでるらしいですよ、師匠。