そして僕らは


「…将臣」
「ん? 何だ、姉?」
「少し、聞きたい事があるの」
「何だよ、そんな改まって…」


姉はその穏やかな物腰裏切って、鋭い。


「貴方がこっちの世界に来てからお世話になった人達って…」
「………たんま」
「え?」
「悪ィ。言えねぇんだ」
「そう…」


先手で釘を打てば、少々考えるように口を噤む。
しかしそれもほんの僅かの間、静かに笑って退いた。
『どうして?』とは決して問い返さない。
何年経ってもやはり姉は姉なのだと、そう思った。


「ああ。世話になった俺が言うのも何だけどな…ちょっとワケ有りな人達でよ」
「判ったわ。ごめんね、急におかしな事を聞いて」
「いいや。俺こそすまねぇ…隠し事するみたいで」
「いいのよ。私にも将臣には言えない事があるもの」


ああ、やはり。
姉は姉のまま。


「…やっぱ姉は姉だよな」
「え?」
「そこで『"誰"にも"人"には言えない事がある』とは言わないで、
 『"私"にも"将臣"には言えない事がある』って表現するところがさ」
「そうかしら…?」
「ああ」


そういう無自覚な部分も姉のまま。

姉からすれば1年、俺からすれば3年という隔たれた年月。
姉は元より大人びた雰囲気が更に柔らかに整い、ぐっと女前の上がった。
俺は元より高かった身長が更に伸びて、ずっと男前が上がった。
言えば姉は、『そうね、あと将臣は口も上手になったわ』と可笑しそうに笑った。


「しっかし不思議な感じだよなぁ」
「不思議?」
「ああ。今じゃ俺の方が一つ年上なんだもんな」
「ふふ、そうね」
「しかも3年見ない内に…いや姉からすりゃ1年半か。
 たった1年半でまあ随分と美人っぷりを上げちまって」
「……え?」
「そういう自分に無自覚で無頓着なトコは望美と同じで健在みてぇだけどな」


薄紅に染まった両頬を指の先で抑え、ふっと俯いた姉。
そしてそのまま上目遣いにも「からかわないの…!」とのささやかな叱責が飛んで来る。
本当に変わらない。
回りくどい変化球はひらりと苦笑してかわしてみせるのに、
こういう正面切っての直球な口説き文句に免疫が無いところも。
望美ほど無防備で危なっかしくはないが、
これだから姉に寄ってくる野郎共への警戒を怠れないのだ。
俺も、望美も。


「もう…、でも安心したわ」
「何が?」
「貴方がこっちの世界に来て出会った人達が、とても良い人達だったみたいで」
「…ああ」


いつか言えればいい。
一概にいい奴らとは言い切れないが、大した奴らばかりだと。
守り抜きたい恩人達なんだと。
言えればいい。
いつか。
姉に。
会わせてやれたらいい。
言うだけならタダだ。
アイツらに姉を、姉にアイツらを会わせてやれたらいい。


「それじゃ皆のところに戻りましょう」
「…姉!」
「? 何、将臣?」





───俺と一緒に来ないか?





「……いや、何でもねぇ」
「?」
「さ、望美達のトコへ戻ろうぜ」
「ええ、そうね」


俺にはやることがある。
やらなきゃならないことではなく、やると決めたことがある。
そしてそれはきっと姉も同じなのだろう。


「なぁ、姉」
「何、将臣?」


俺が共に生きたいと思える人々に出会えたように。
共に居たい、傍に居たいと。
一緒に生きていきたいと、そう思える人間に姉は出会えたのだろう。





「どんなに綺麗になっても、
 今までもこれからも俺にとっちゃ姉はずっと姉だぜ?」





当たり前じゃない。
言って姉は昔と変わらぬ穏やかな、けれど昔とはどこか色合いの違う笑みを浮かべた。



以前、『将臣の夢を読んでみたい』とのお声をありがたくも頂いたので書いてみました。
もう随分と前のことなので覚えてらっしゃらないかもしれませんが、
見てらしたらどうぞ貰ってやって下さい!

image music:【 fragile 】 _ Every Little Thing.