静かに
抱いた幸福


「弁慶、お誕生日おめでとう」


今朝初めて顔を合わせた彼女は、挨拶も早々に柔らかに笑んでそう言った。


「え…?」
「今日は弁慶のお誕生日なんでしょう?」
「ええ、そうですが…どうしてそれを?」
「景時殿が教えてくれたの」


拭えない驚きにきょとりと目を見張ってるのだろう自分を見て、
彼女は利き手を上品に口元へと添え、可笑しそうにくすくすと声を立てて笑う。
涼やかなその音が心地良く鼓膜をくすぐる。
早朝にさえずる小鳥を人間にしたら彼女のようになるのだろうかと、
ぼんやりとそんなことを思った。


「成る程、景時に…」
「ええ」


景時が一体どういった経緯で彼女に自分の出生の日を告げたかは知らないが、
どうしてそんな真似をしたのかは量らずとも想像がつく。
おそらく"気を利かせた"つもりなんだろう、景時としては。
無論、迷惑だとか余計な御世話だと言うつもりはない。
実際に少なからず嬉しいと思っている自分が、喜んでいる自分がいるのだから。
しかしそうして景時の思惑通りにも事を運んでいるのだろうこと思うと、
やはり複雑な心境があった。


「本当は何かお祝いの品を用意しようと思ったのだけど…」
「まぁ今は戦場ですからね」


九郎の、否、源氏の戦列に加わって早数カ月。
平家との、また怨霊との戦いに行軍の中途である現在。
申し訳無さそうに両の眉尻を下げた彼女に、「気持ちだけで十分ですよ」と告げる。


「ありがとう…でも今はせめて言葉でだけでも伝えておこうと思って」


言って彼女は、先程と同じ温かい言葉を再度柔らかにその唇でなぞった。


「弁慶、お誕生日おめでとう」


彼女の心遣いにはいつだって本当に救われていると、そう思う。


「今日この日に生まれて来てくれてありがとう」
「…『ありがとう』?」
「だって今日この日、貴方が生まれて来てくれなかったら私は貴方に出会えなかった」


彼女と居て、初めて気付かされることは多い。
今のもまさにそれ。
そんな考え方があるとは思い付きもしなかった。
流水を思わせるその柔軟な思考に改めて感服する。


「───…だから、ありがとう」


そしてその柔らかな笑みに。
やはり自分は彼女には適わないと、改めてそう認識を新たにした。


「君は本当に…」
「本当に?」
「本当に僕を困らせるのが上手ですね」
「え…」
「良い意味でも、悪い意味でも」
「え、あの」
「勿論、今のは良い意味で、ですよ?」
「でも困らせてって、私…」
「そういうところがお上手だと言ってるんです。
 君の手放しの祝福に僕は、
 柄にも無く本気で照れてしまいそうなのを必死で堪えているというのに、
 当の君はそうやって素知らぬフリで、実際本当に気付かずに問い返すんですから」


本当にいけない人だ。
言えば彼女は薄らと頬を染めて、照れたような目許で困ったように自分を見上げてくる。
それに「あまつさえ可愛い人なのだから更に困りものです」と付け足せば、
「もう、あまりからかわないで…っ」とやはり可愛らしい叱責が返ってきた。

そうしたそれらがどれ程この胸を騒がしているかなんて、きっと彼女は知らないのだろう。


「僕の誕生日を祝ってくれてありがとう、


知らなくても、いい。





「次は僕に君の誕生日を祝わせて下さいね?」





ただこうして傍に居てくれればそれで、それだけで僕は幸せだから。



弁慶殿ハッピーバースデーな夢ということで。
暗さも切なさも無さげな感じに。
そして『風の何処へ』はもう激しく私的弁慶ソング。
興味が湧いてしまった方は是非。←布教活動(笑)

image music:【 風の何処へ 】 _ 椿屋四重奏.