鮮紅色


(あ…)


望美、そして将臣と知盛と一緒にやって来た勝浦の市。
まず目に入ったのは貝殻を磨いて作られたのだろう飾り細工のついたネックレス。
光の加減で虹色に輝いて見えるそれは、シンプルな長方形に切り出されていた。


(でも、こっちのもいいな…)


そして次に、ピジョンブラッドの小さな玉が揺れるピアス。
おそらく赤珊瑚を磨いたものだろうと思うのだけど。
随分濃い色をしている。
もしかしたら珊瑚じゃないのかもしれない。
ヒノエに聞いてみれば一発なのだろうけれど。
とにもかくにも自分がそうであったように、
人目を惹く色合いであるせいかこちらは多少値の方が張っていた。


(うーん…、買うにしてもどっちか1コよね)


どちらももの凄く自分の好みで、迷うところ。
数秒唸って、結局はどちらがいいかの意見聞こうと思い顔を上げれば、
つい先程まで隣に居たはずの目当ての望美は既に次の露店の前に居た。
そしてその隣には将臣が居る。
どうやら自分と同じ状況に陥って、将臣に尋ねたらしい。
いつになく真面目な顔を揃えて唸っている2人に、思わず笑みが零れる。
この分だと望美は将臣に買って貰えそうだ。
望美は絶対にねだらないだろうけど、将臣が買ってしまうのだ。
将臣はそういう男だから。


「ねぇ、知盛はどっちがあたしに似合うと思う?」


半身振り返れば、訝しげな表情が返ってきた。

聞いてみたのは何となくだった。
別段、望美達になぞらえたわけじゃない。
気付けば斜め後ろに知盛が居て手持ち無沙汰そうだったから、ただそれだけ。
だからまともな回答なんて期待してなかった。
「くだらんな…」とか何とか鼻で一蹴されたら、
同じく鼻で笑い返して「乙女心の判らない男ね」ぐらいに切り返すつもりだった。

そう、「つまんない男」と肩を竦めてみるつもりだったのに。





「迷う余地も無い」





知盛の指が赤いピアスを摘み上げ、店主の掌の上に乗せた。





「………。」
「これで足りるな」
「へぇ、毎度!」
「………。」
「良かったねぇアンタ、優しい旦那さんを持って!」
「は? 旦那?」
「…くっ、旦那か……、行くぞ」
「え? あ、うん」


さっさと歩き出した知盛の後を追う。
何やらあれよあれよと転がっていってしまった展開。

今、一体何が起こったのか。
状況を整理する。
さてどこから始めようか。
まず私は市の露店で白いネックレスと赤いピアスを見つけて。
どっちがいいか迷って望美に意見を聞こうと思ったら、望美の隣には既に将臣が居て。
あらあらとそれを微笑ましく眺めて。
白いネックレスと赤いピアスをそれぞれ両掌の上に乗せて。
何となく、本当に何となく後ろに居た知盛にどっちがいいかと尋ねて。
そうしたら知盛が赤いピアスを取って。
それを店主に渡して。
そのままお金も払って。
店主に笑顔で差し出されるままにも私はそれを受け取って。


「………え?」


もしかしてあたし、知盛にピアスを買って貰った?


「…何だ?」
「いや、何だって……私、これ…」
、見て見て!
 これ、将臣君が買ってくれたの!」
「あ、うん」
「あ、も買ったんだね。可愛い、赤いピアス!」
「ん? どうしたよ?
 何か変だぞ、お前」
「いや、変なのはあたしじゃなくて知盛というか…」
「はぁ?」
「変とはまた随分だな…」
「ああ、ごめん。
 でもまさか知盛が買ってくれるなんて思わなかったから…」
「へぇ…、お前が買ってやったのか?」


興味深そうな顔を作った将臣に、知盛が憮然とした顔を返す。
このままだと将臣が私に事の次第を追求しかねないと察したのだろう。
面倒臭そうに顔を顰めて知盛は。


「いらんのなら捨てて来てやってもいいが…?」


なんて、私の手からそれを取り上げたりするから。


「ありがたく頂戴させて頂きます」


その手を両掌で包み込んで捕らえて、深々と頭を下げた。


「ありがとね、知盛」


知盛の緩く握った拳を開かせて、中からピアスを取り出す。
そして「着けてみなよ」と言う望美に促されるままに、
右耳からアメジスト製の蝶のピアスを外し、着け代えた。
ああ、手近に何か映るものがあればいいのに。
この世界に来て不便だと思うものの一つがこれだった。
この世界には鏡やガラスといった物や姿を映し出すものがそこかしこに無い。
身だしなみが整えにくい。
似合うかどうか、おかしいところがないかなど人に聞くしかないのだ。
なら、と。
それならば、と。
買ってくれた本人に見て貰えばいいじゃないかと知盛に振り向く。
すると。


「? ちょっと知盛…?」


掌に残っていた紫の蝶が、横から知盛の骨張った指に攫われた。


「よもやタダで受け取ろうなどとは…思ってなかったろう?」
「…物々交換?」
「何でもいいさ…」


本当にどうでも良さそうにそう言って、先程と同じようにさっさと歩き出した知盛。
仕方なく後を追う。
隣に並ぶ。
こちらの足の長さなどお構い無しのその歩調は、
どんどん後ろの望美と将臣を引き離していった。
この世界では携帯電話なんて物は当然使えない。
市ではぐれてなどしまったら始末が悪い。
さすがに見兼ねて口を開こうとして、しかし咄嗟に口を噤む。
買って貰ったネックレスを逆鱗と二重にして首に飾り、とても嬉しそうな望美。
そんな望美を眺め、やはり楽しそうに笑う将臣。
ここで4人並んで歩くのも野暮というものか。
我ながら気が利くと軽く自惚れつつ斜め前の知盛の袖を引っぱり、
「もう少しゆっくり」とだけ告げる。
袖を引かれ私へと振り向くと同時に後方も視界に入り、
また言わずとも私の意図の方もしっかり伝わったらしい。
知盛は「物好きなことだ…」と言って僅かにだけれど歩幅を狭めて歩き出した。


「何だか新婚さんみたいね、後ろ」
「それは結構なことだ…」
「うわ、興味無さそう」
「あいつのお守りは…致しかねるのでね」
「へぇ、あたしは結構世話好きだったりするから意外と相性いいのかもよ?
 あたしと知盛って」
「…そのこころは?」
「ねぇ、知盛は褒めてくれないの?」


将臣みたいに、と。
意地の悪い笑みを浮かべて後ろを歩く2人を顎で小さくしゃくってみせる。
対して知盛は器用にも片眉を跳ね上げた。
そして。





「───お前はやはり血の色が似合う」





仕留めた獲物に前足の爪をかけるかのような仕草でこの顎を掬い上げ、
かぶりつく寸前の獣のような艶やかな笑みを間近で浮かべてそう言った。

「…それって褒めてるの?」
「さぁ…どうだろうな」
「まあいいけど…あ、そういえば私のピアスは?」
「…飲んだ」
「はぁ!?」
「クッ、冗談だよ…」
「……アンタの冗談って本っ当にタチ悪いのね…アンタが言うと冗談に聞こえないっての」
「それは光栄」
「褒めてないわよ」