堕つ花
と 
昇る月


「ご期待に添えなくて恐縮だけど。
 寝首なんか掻かないわよ、中納言殿」
「…それは残念だ」


岩場に寝転がり目を閉じていた男の隣に立ってそう告げれば、
男は心底つまらなそうにそう言い捨て目蓋を持ち上げた。


「寝顔、案外可愛いのね」


それが狸寝入りであれ。
目を閉じ、薄く呼吸するその顔は普段のそれとは違って存外に穏やかなものだった。
だから『可愛い』と表現したのだけれど。
別段揶揄するつもりで言ったわけではなかったのだが、
知盛は一体どう受け取ったのか、再度目を閉じノーコメントを決めたようだった。


「あ、ヘソ曲げた」


やはり相槌は返ってこない。
まずい。
本気で機嫌を損ねてしまったか。
一瞬ぎくりと背筋が冷えたが、
次の瞬間には「まぁいいか」とさっさと気持ちを切り替えることにした。
この猫以上に気まぐれな男の一挙一動にいちいち頭を悩ませていてはキリが無い。
カロリーの浪費、徒労だ。
相手がだんまりを決め込んだのをいいことに、断りも入れず隣へと腰を降ろす。
潮風が気持ちいい。
真上から降り注ぐ太陽の陽射しは少し肌に刺激が強過ぎる気もするが、たまにはいい。
しかしこんなのんびりとした時間を感じるのはいつぶりだろう。
いつもは大人数で行動しているものだから、
こういうのは人口密度の低い空気は何だか新鮮だった。


「きもちいー…」


もっと潮風を感じたくて、波の音を近くに感じたくて目を閉じる。
頬を撫でる潮風。
波音の子守唄。
しかも陽射しのカーテン付きだ。
ああ何だか普通に眠くなってきた。
最初は「よくまぁこんなごつごつした岩場に寝っ転がろうなんて思うな」と思ったけれど、
これは寝床の具合の悪さを差し引いても十分心地良いかもしれない。
望美と将臣が探しに来るまで私も寝ちゃおうかなぁ。
どうせ寝るなら知盛の腹筋でも枕にしてやろうかなんて目論みつつ、
うとうとと目蓋が重くなるに任せていれば。





「───…クッ、そんな無防備な姿を晒して…俺を誘ってるのか?」





優しくはない衝撃に視界を取り戻せば、
後頭部はごつごつとした実に寝心地の悪い枕の上に置かれ、
正面には太陽を背にした知盛の、楽しげでタチの悪い笑みがあった。


「意外だわ…知盛ってちゃんと性欲とかあったのね」
「それは煽っているのか…?」
「さっきから勝手に煽られないでよ。
 だってアンタの三大欲求って、一に『血』、二に『戦い』、三に『睡眠』じゃないの?」
「否定は…しないがな」


言いながらこの首筋へと顔を埋めて知盛は喉で低く笑う。
(あれ、束縛付与されてないんだけど…)やら、
(いや、別段そっちの趣味は無いんだけど)なんて。
どこか場違いな傍観部分が脳裏で淡々と独り言を呟く。
自分でも不思議なぐらい焦りはない。
どうしてか危機感が湧いてこないのだ。
しかし知盛はといえば着々と着物の合わせへと手を差し入れはだけさせ、
深くはない胸の谷間をしっかりと指先でなぞって楽しんでいた。


「知盛さーん」
「何だ…?」
「真っ昼間っからこんなところで盛らないで下さーい」
「俺を拒むのは…煽るのはこの口か…?」


知盛の親指がこの唇をなぞる。
「いい声…期待してるぜ」。
低い男の声が心地良く鼓膜を震わし、甘く脳髄を痺れさせた。
迂闊にも心地良いなどとその余韻に浸ってしまえば、
その隙を突くように首筋に生温く湿った何かが触れる。
知盛の舌だ。
ざらりとしたその感触に、不可抗力にも肌が泡立つ。
調子に乗るなと、口にはせず白い後ろ髪を引っ掴んでやったが、
結局は知盛を悦ばせるだけに終わった。


「ん…っ」


水を得た魚とはまさにこのことか。
這わされた舌はそのまま首筋に沿って降りていき、鎖骨に当たって一度止まる。
すると当人の人間性からは顧みれないような甘さで皮膚を吸い上げられた。
否、これは私の主観と感覚の問題か。
ちりっと細く鋭い痛みが奔り、思わず顔が顰まる。
痕を付けやがったわね、この男。
しかも乳房にってのはどういう了見よ。
耳にでも思いっきり噛み付いてやろうかと口を開ければ、それより先に知盛が顔を挙げた。


「……時間切れか」


気配を探れば、望美と将臣の気配がこちらへと近付いて来ていた。


「望美サマ将臣サマサマだわ」
「クッ、俺としては見せつけてやってもいいが…?」
「丁重にお断りします」


「どきなさいよ、オラ」とゆっくりと膝で固い腹筋を押し上げれば、
気怠げに上半身を起こした知盛。
次いで、見せ付けるように赤ら様な溜め息を肺から吐き出し、
着物の合わせを整えつつ身体を起こせば、真正面から堂々と不意を突かれ唇を奪われた。
深く、深く。
呼吸すらも奪われるぐらいに深く。
少しだけ凶暴な、けれどどこか甘噛みのような口付け。
さもすれば岩場に逆戻りしそうな背中を何とか後ろについた腕で持ち堪えて、
調子に乗り続けるその我が物顔の熱い舌にいい加減歯を立ててやった。

離れていく、曖昧な熱。





「───ククッ…やはり、お前はいいな…」





鼻先が触れ合う距離でそう呟いて知盛は、唇を舐め上げ獣のように笑った。





「おい、お前ら何やってんだ!?」





珍しく焦ったような将臣の声が聞こえた。





「将臣、助けてー。知盛に犯されるー」
「おいおい…」
「犯してやろうか?」
「ノーセンキュー。恙無く辞退させて頂きます」
「お前らなぁ…」


ようやく心臓がおもむろにも乱雑に音を立て出したのは、
がっくりと肩を落とした将臣を余所に「知盛、に触らないで!」と、
立ち上がった私を背後に庇って知盛を上目遣いにも睨み付けた可愛い望美のせいに違いない。



熊野の潮岬での例のイベント。
知盛はやっぱりはエロイなぁ…(しみじみするところかそれは)

image music:【 beauty is within us 】 _ Scott Matthew.