薄紅色の
可愛い君の


「少しは片付けてください!
 要らないものはどれです?」


梶原邸の私室に招き入れた彼女は開口一番そう言った。


「───ふふ、あはは…っ」
「べ、弁慶さん?」
「ああ、すみません。
 君がとまるで同じことを可愛いらしく言うものだから、つい」
「姉さんと、ですか?」
「ええ」


『これは…』
『ふふ、驚いてますね』
『弁慶』
『何ですか?』
『片付けましょう』
『………』


此処ではなく、京の隠れ家の私室を初めて見せた時。
部屋に通したが早々、開口一番いつになく大真面目な顔をして、
両手で包み込むようにこの手を取り、そんなことを言った彼女。
真摯な表情同様、声の方にもどこか有無を言わせぬ迫力があって。
今もふと思い出す度、こうして思わず笑みが零れてしまうのだった。


「まぁ確かにその時の私室の物の溢れ具合はここの比ではありませんでしたが」
「あはは、姉さんらしいですね」
「そうなんですか?」
「はい。小さい頃、私と将臣君が良くおもちゃとか散らかしてたんですよ。
 譲君は全然そんなことなくって、
 いつも『駄目だよ』って眉尻下げて私達に注意する側だったんですけど…」
「彼らしいですね」
「はい。…それで、譲君が注意しても、それでも片付けようとしないと、
 それまで困ったように笑って見守ってたはずの姉さんが言うんです。
 『片付けよう?』って。
 そうやって私達を嗜める時の姉さんって絶対笑ってなくて。
 だからって怒ってるってわけじゃないんですけど…こう、何て言ったらいいのかな。
 凄く静かなって言うか…うーん、そう、普段のそれとは違う凄く真面目な顔するんです。
 だから怒鳴られたり叱られたりしたわけでもないのに、
 姉さんのそういう顔に私も将臣君も弱くって…すぐに『はい』って」
「普段から笑みを絶やさない彼女だからこそ効力があるんですね」
「そうなんですよ!」
「ふふ、僕も呑まれて思わず『はい』と頷いてしまいましたからね」


この姉妹は本当に仲が良い。
伸びやかで明朗快活な妹。
しとやかで沈着聡明な姉。
良い意味で好対照な二人。
けれどこうして時折ふと垣間見る、共に育ったからこそ揃うのだろう言動、仕草に、
二人はやはり姉妹なのだと、そんな当たり前のことを心地良く再認識させられるのだった。


「これは何の巻物なんですか?」
「ああ、それは龍神と八葉についての書物ですね」
「あ、龍神のことが書いてある本なら、私も読みたいです」
「読んでみますか?
 例えば…そうですね、この書物のここです。
 先代の白龍の神子について、実に興味深いことが書かれているんですよ」
「………あ」
「? どうかしましたか?」
「えっと…先に、この世界の字を勉強しないとだめみたいです」
「ああ」


妹の言動、仕草の中に、彼女の面影を見い出しこの胸は甘く疼くのだ。


『りゅうじん、はちよう…?』
『ええ、僕が比叡にいた頃から特に深く学んでいる対象なんですよ』
『そうなの…、良ければ読ませて貰ってもいい?』
『勿論、構いませんよ』
『ありがとう、弁慶。 ………あ』
『どうかしましたか?』
『…ごめんなさい。私はまず字の勉強をしないといけないみたい…』
『ああ。やはり違いますか』
『ええ…でも、読めない漢字は確かに多いのだけど、
 仮名や漢字といった文字自体は私達の世界のそれと同じものだし、
 書体にも慣れれば読めるようになる分にはそう時間はかからないと思うわ』
『そうですか。それは残念ですね』
『え?』
『勤勉な君に付きっきりで勉強をみるなんてさぞや役得だろうと思ったのに』
『…っ、いつもそんなことばかり言うんだから』
『ふふっ』
『でも、やっぱり教えて貰わなければ判らない部分もあると思うから、
 その時は勉強としてみて貰えると、その、嬉しいのだけど…』
『勿論喜んで、可愛い人』
『もう、またそうやって…っ』


「ふふ」
「弁慶さん?」
「やっぱり君達は姉妹ですね」
「え?」
「そういう無防備な反応まで本当にそっくりだ」
「そ、そうですか?」
「ええ」
「えっと、褒められてるのかどうか判りませんけど…───嬉しいです」





この事の次第を告げたならばきっと、
妹同様、彼女は照れながらもやはり嬉しそうになんて微笑むのだろう。



弁慶の1つ目の蜜月イベント。
いや、やっぱり弁慶殿も好きだなぁと。

image music:【 かたはらに 】 _ 椿屋四重奏.