言の葉
ちぎりて


「あっれ、ねぇアレって殿じゃない?」
「え?」


それは景時の邸から六条堀川邸への道すがら。
五条大橋の河川敷に彼女は居た。
彼女はつい一刻程前に『ごめんなさい、ちょっと約束があるの』と言って、
自分達より一足先に邸を出た。
景時は『おや、何だか艶めいてるね〜?』などと楽しげに囃し立てていたが。
成る程、こういうことだったのか。
以前五条河原に薬を置きに行った際、彼女が手伝ってくれた。
それが縁で五条河原近くの子供達と仲良くなったとは聞いていたが。


「楽しそうだね〜」
「ええ、そうですね」


子供達と手を繋いで輪を描き、歌を歌いながら回る彼女。
子供達に囲まれた彼女はまるで天女のように微笑む。
幸せそうに。
本当に幸せそうに。


「お〜い、殿…」
「景時」
「へ?」
「邪魔をしては悪いですよ」


邪魔をしてはいけない、と。
そう思った。


「そうかな?」
「そうですよ」


戦を起こした張本人である自分達が。
戦で苦しんでいる彼らの幸福を妨げてはいけない。
それがどんなに小さく、些細なものであっても。
そう、戦を今この瞬間にも続けている自分達が。
彼らの幸せに触れて良いはずがない。

彼女を、自分達と同じ側の人間だなどと誤解してはいけない。


「さあ、九郎が待ちかねていますよ」
「はいはい。御意〜ってね」


名残惜しそうに肩を竦める景時を促し、再度六条堀川邸へと歩みを進め始める。
一歩、また一歩と彼女から遠ざかっていく。
これでいい。
彼女は自分達とは違う。
心優しい彼女。
物腰穏やかな彼女。
白龍の神子に選ばれなどしなければ、一生戦とは無縁でいられたのだろう。
自分が応龍を滅しなどしなければ、
彼女は今も妹や幼なじみと共に平和な世界で戦とは無縁に過ごしていたのだから。

───そう、清盛を倒すために彼女を利用しているのは他ならぬこの自分なのだ。


お姉ちゃん、今度はこっち!」
「ふふ、はいはい」
「あー! ずるいぞー!」
「ずるくないもん! お姉ちゃんはこっちだもん!」
「今日は皆が帰るまで遊べるから、順番に…ね?」
「わーい!」
「次は俺達の方だからな!」
「うん」
「ねー、早く続きやろーよ!」


澄み渡った空に響いた子供達の無邪気な笑い声。
吹き抜ける秋風に任せて、振り返る。
目を細めて見遣れば、遠く蒼い秋の空の下柔らかく微笑む彼女。


「気付けば、一緒に居るのが当たり前になっていたせいかな…」


彼女に似合うのは平穏。
穏やかで、静かな、陽の光に溢れた日々。





「君にはいつだってそうして微笑っていて欲しいから…───だから僕は、迷わない」





そしてそれは自分が決して行き着くことのない、心安き彼処。



言の葉を千切りて、契りて僕は君に誓う。
この想いに代えて、どうか君よ幸せに。


しかし椿屋四重奏のバラード曲は弁慶ソングが多くて嬉しい悲鳴上げまくりです。
この『紫陽花』をはじめ、『風の何処へ』や『春雨よ』とか、
あと、『十色の風』なんかはもろ十六夜エンディングの弁慶ソングですよ…!

image music:【 紫陽花 】 _ 椿屋四重奏.