君奏で明星


「景時殿、おはようございま…」
「あ、おはよう〜。殿」


朝一番に顔を合わせた彼女は、どうしてかきょとりと目を見張って停止した。


「………」
「うん? 殿?」
「あ、ごめんなさい。おはようございます、景時殿」


首を傾げて声を掛ければ、ハッとしたように硬直を解いた彼女。
薄らと頬を染めて謝罪を述べると、いつもの柔和の笑みを浮かべて再び挨拶をする。
この時間にすれば僅か数秒にも満たない間に、自分は何かしただろうか。
全く心に当たるものが無い。
起き抜けのいまいち回転の悪い頭の為すままにもうーん?と更に首を捻れば、
言葉にせずとも察してくれたらしく彼女は苦笑しつつもすぐに疑問を解明してくれた。


「髪を下ろされていたから…」
「あ、成る程」
「いつもと雰囲気が違って…少し驚いてしまって」
「あはは、これはみっともないところを見せちゃったなぁ。
 実はついさっき起きたばかりで…」
「ふふ、朔から聞きました。
 『兄上なら今さっきようやく起きたばかりで…部屋に居ると思うわ』って」
「あちゃー…、こりゃまた後で説教くらっちゃうかな」
「本当に仲がよろしいんですね」
「あはは、だといいんだけどね〜」


京に借りている邸の廊下。
風通しの良い其処は春ともなればひだまりに梅の香りが香って心地良い。
しかし立ち話というのもなんだ。
背後は自分の部屋だが、昨夜の徹夜のせいで色々と散らかっている。
とりあえず客間に通そうと考えてふと、
ここにきてようやく彼女が何故此処に居るのかという疑問に突き当たった。
彼女は九郎や弁慶と共に六条堀川邸を拠点にしている。
その彼女がこちらに来たということは何かしらの軍関係の用があってのことだろう。
まぁ、客間への道すがら訊ねればいいか。
つらつらと思考を連鎖させながら、とにもかくにも客間だと、
彼女を案内しようと口を開こうとすれば、それより先に当の彼女がこの名を呼んだ。


「あら…、景時殿」
「うん?」
「髪に糸屑、かしら…?」


気付けば、先程よりもずっと近くにある彼女の綺麗な顔。


「え、あ…ど、どこら辺に?」
「ここに…」
「いや、あの、自分で取るからさ!
 ほらオレ今顔洗って来たところだから髪濡れてるし、殿の指も濡れちゃうでしょ」
「そんなこと気にされなくてもいいのに」
「で、でもさ」


そんなに気にすることだろうか?と如実に語るその不思議そうな表情。
ことりと小首を傾げられ、更に答えに窮する。
とりあえず気を落ち着かせなければ。
そうだ、そこからだ。
思うのに彼女は、慌てふためく自分を余所に「失礼します」と一つ柔らかに笑ってみせると、
ゆったりとこちらへとその手を伸ばす。


「じっとしていて下さい」


彼女の白く細い指が、やんわりとこの濡れた髪に触れる。
そっと撫でるように触れて、静かに離れていった。





「はい、取れました」





何がとは知れなかったがとにかく惜しいと、そう思った。





「あ、ありがと〜」
「いいえ」


どうやら昨夜の徹夜の理由、発明の名残だったらしい。
呪符の切れ端だったそれを彼女の手から受け取り、ぞんざいに部屋へと放り込む。
やはり「いいのかしら…?」といった風にそれを見ていた彼女をそそくさと促し、
早鐘を打つ胸を宥めながら、ようやく客間へと歩き出した。


「そういえば、そんなに雰囲気違ったかな、オレ?」
「そう、ですね。
 起きたばかりというせいもあったのかとても落ち着いた雰囲気でしたし…」
「びっくりしちゃった?」
「ええ。新鮮でした」
「う〜ん、そうするといつものオレって落ち着いた雰囲気が無いのか〜」
「え? あ、決してそういう意味じゃなくって…!」
「あはは、いいよいいよ。自分が一番良く判ってるからさ」


常から調子良く振舞っている身だ。
落ち着いているとの印象を得られるとは思っていない。
それでも多少なりとも凹んでしまうのは、やはりこの下心のせいか。
そんな内心を誤魔化すようにいつもの調子で軽く肩を竦めてみせる。
すると彼女は、まるで白い梅の花が綻ぶように微笑んで。





「いつもの髪を上げた景時殿も格好良いけれど、髪を下ろした景時殿も素敵だなって…」





「そう、弁慶と九郎殿から言伝を預かって来たんです」。
言った彼女を半ば強引にもお茶と称して朝餉に付き合わせた自分を、
その日一日髪を下ろしたままで過ごした自分を、どうしてか褒めてやりたいとそう思った。



例のスチルにはナチュラルに胸がきゅんって言いました。

以前投票型アンケートをとった時に、『景時夢が読んでみたい』というお声を頂いたので。
書いてみるとこれが意外に楽しいですねぇ、景兄。ヘタレ万歳。
ちなみにタイトルの意味は、要するに『君は僕の1番星☆』ってコトで(笑)

image music:【 しっぽのうた 】 _ 坂本真綾.