慣らした
嘘も今は


「僕は君を巻き込んで、傷付けてきた。
 だからもうこれ以上…僕は君を傷つけたくない」
「貴方が私にどんな傷をつけたと言うの…? 私は…」
「それは、僕が君を騙してきたからですよ。
 僕が君の傷を誤魔化しここまできたから。
 、君は君が思っている以上に傷付いている。
 そして君自身が気付かない程、その傷は深い」
「そんなこと…」
「覚えていますか?」
「え…?」
「君が僕と共に暮らし始めた頃、君は火の起こし方すら知らなかった」


怨霊に襲われたところを助けてから、
傷の手当と看病からそのまま君は僕と共に暮らし始めた。
見知らぬ世界。
見知らぬ文化。
見知らぬ様式。
君は最初、その全てに戸惑いを隠せないでいた。
当然だろう。
けれど君は冷静で、そして聡明だった。
判らぬことは一つずつ教えを乞うて、誠実に、着実に身に付けていった。


「けれど君は今はもう釜戸から敵陣まで火の付け方を知っている」


火の起こし方も然り。
軍略のいろはも然り。
生薬の調合もまた然り。
そうして君は僕から一つずつこの世界について解き明かしていくことで、
この世界で生きていく術を見い出した。
時に悩み、時に苦しみ、時に辛い選択を強いられながら。
極普通の、どこにでもいるような女性だった君が。
気付けば源氏の戦列へ加わり、『源氏の巫医』として、
そして『白龍の地の神子』として、戦場で過ごすことこそが普通となっていた。


「君がどれだけの負担に耐えてきたことか…僕は知っていた」


それを知っていて尚、僕は君のそのひたむきさを利用した。
清盛を倒すために。
君の聡明さを、優しさを、そして僕への想いまでも利用した。


「もう、僕は君を傷付けたくない…」


だから決めた。
君を守ると。
その方法がまた君を傷付けることになるとしても。
これ以上は君が傷付かずに済むのなら僕は。





「だから、さようなら」





───僕は君を傷付けても、君を守る。



この想いは、愛と呼ぶにはあまりに罪深い代物だから。


image music:【 螺旋階段 】 _ 椿屋四重奏.