遠く、白と
薄らぎて
「ああ…、雪ですか」
奥州の固く冷たい水色の雪を踏み締め、一歩、また一歩と進む。
もうすぐにでも伽羅御所を抜けて鎌倉の御家人衆が押し寄せて来るだろう。
そう、自分がこうして立つこの雪路は黄泉への片道。
もはや後戻りのできぬ死出の路。
「───…九郎達はちゃんと逃げてくれたかな」
吐く息は白く。
そんな些細な白さにも君の面影が浮かんで消える。
「ふふっ、九郎。
こんな圧倒的な戦力差を覆す策なんてありませんよ。
君はこんな状況でも僕を信じるんだから…」
『私は貴方を信じてる』。
こんな時だからだろうか。
別れを告げたあの日からこの方思い出さぬ日など無かったけれど、
先程から脳裏に甦るのは、今はもう居ない君の事ばかり。
「だから僕は…」
『だって貴方はこんなにも『困った人』だから』
「居たぞ! 武蔵坊弁慶だ!!」
長刀を構え、敵を斬り伏せながら。
声を張り上げ、兵士に指示を飛ばしながら。
ただ、君のことを考える。
『妻でなくとも、恋人でなくとも。
もう2年も貴方と連れ添っているのだもの。
貴方が努めて笑ってるかどうかなんて自然と判るようになるわ』
僕は君を傷付けてばかりいた。
あまつさえその傷に君が気付かぬよう騙し続けてさえいた。
騙しているつもりだった。
けれどそれは違ったのかもしれない。
本当は、君は自分の傷の深さを正確に把握していて、
その傷を塗り潰そうとする僕の小細工にも気付いていたのではないだろうか。
知っていて、気付いていて、けれど敢えて素知らぬふりで微笑って。
何も言わず僕の嘘を受け止めて、気付かぬふりをしていてくれていたのではないか。
そう、僕こそが君に騙されていたのだ。
君こそが僕を騙していた。
僕らは二人、いつも騙し合ってばかり居た。
「───射てェ!!」
ああ、どうして君はこんな諦めの悪い男など愛してしまったのだろう。
「だから、かな…こうして思い浮かぶのが君の泣き顔ばかりなのは…」
何故、僕は僕なのだろう。
「仕方、無いのかな…、僕は君を悲しませてばかりだったんだから…」
君に相応しい僕ではなく、僕は、僕でしかいられないのだろう。
「…僕、は…」
『それが貴方の願いなら…、私、は…───』
「───どうして、僕は最期まで君の泣き顔しか思い出せない…ッ」
君に会いたい。
君に会いたい。
君に会いたい。
「…君に、会いたい…っ」
君の微笑った顔が見たい。
「僕は、君を、君のことを…───」
ただそれだけのことが、もはや果てしなく遠い。
君が遠く、白く、薄らいでいく。
image music:【 十色の風 】 _ 椿屋四重奏.