剣語りの
エチュード


「では一つ、手合わせといきましょうか。ゴンドールの子、ボロミアよ」


事の発端はやはり、ボロミアの女性軽視発言だった。

旅の仲間が決まった後、『よろしくね』と微笑んだに、
開口一番ボロミアが口にしたのは『失礼だが、私はあなたの同行には納得できない』だった。
しかし彼の答えなどとうに見通していたらしい彼女が、
敢えて『何故?』と、心持ち楽しげに問い返して寄越せば、
彼はまたその先見通りにも『非力な上に、女性は色々と手間が掛かる』と言い切ったのだ。
それに彼女が更に不適な笑みを深めたのは言うまでもない。

然るが故に『なら足手まといかどうか試してみる?』として、現在の状況に至る。


「気をつけろよ」
「ああ…」


立会人としてに呼ばれたアラゴルンの言葉に、
ボロミアの脳裏を過ったのは、見事な金髪をもったエルフの言葉。

つい先程、ボロミアは修練場へと向かう廊下で警備中のグロールフィンデルに出会した。
しかも黙礼だけなしに、声まで掛けられたのだ。
思いも寄らず声を掛けられたボロミアとしては、
妻の手合わせ相手に対する苦言かとも思ったのだがそんなことはなく。
かの金の英雄はむしろ、穏やかに苦笑して彼に忠告を与えたのだった。

『気をつけなさい。彼女はある意味私以上に厳しい』、と。


「それじゃ、手早くいきましょ」


彼女が構えた獲物は剣だった。
全体の印象から分類すれば細剣の種類に属するのだろう。
エルフの工によるものだろうか、真っ直ぐにしつらえられた白銀の刃幅は細いが、
その刃先の長さは片手剣のそれを優に越え、両手剣の類いにも匹敵するもので。
振るうには明らかに熟練を要する武器だった。


「───…っ!?」


しかしそれ以上に彼に息を飲ませたのは、一変した彼女の纏うその雰囲気。
殺気とはまた違う剣気。
いや、もはや剣圧とでも言うべきか。
一瞬にして鋭く、そして硬質に研ぎ澄まされた空気に、
危うく呑まれかけて、どうにか踏み止まる。
ぞくり、と。
身体中が総毛立った。
眼前には先程までの貴婦人の姿など今やどこにもなく、
あるのはただ堂々たる一人の剣士。


「『兵は拙速を尊ぶ』…行くわよ」
「くッ!!」


───キィイィィン…


それは彼が今まで聞いた剣戟の中で、最も澄んだ音色だった。


「そんないちいち呆けられると、私も手加減のしようがないわ」
「…ぐぅッ!!」


"疾い"。
既に"速い"などというレベルではない。
目が追えるギリギリの疾さ。
それは彼女の動き一つ一つが、極限まで"無駄"を切り詰めたものであるせいだと、
頭が理解する前に、戦士としての身体が本能的に悟った。
更に、その疾さと腕の細さにそぐわぬ、一撃一撃の重さ。
剣戟を受けるその都度、柄を握る指の関節が痺れを色濃くしていく。
そして速度、重量共に申し分無い上に戦略的な剣運び。
じわじわと退路を、後手を塞がれつつあるのは明らかだった。
そんな疾風、流水を思わせるその連鎖はまるで舞でも舞っているかのようで、
しかし見惚れなどすれば己の血を見るのは明らかであり、
時に片手で、時に諸手でもって至極的確に急所へと向けて振るわれる剣線を、
必死に目で追い、もはや脊椎反射と勘まじりにその光陰を受け止める。

が、しかし。


「甘い」
「ッ!!!」


白く鋭い残像が鼻先を、下から上へと過ぎ去っていったと知覚した刹那。
場違いな程に静かな女の声が、脳に意味を伴って浸透した瞬間。
指先から腕へと伝った衝撃。
弾かれた愛剣が後方の地面へと突き刺さる。

勝負あり、だった。





「まぁ、こればっかりは経験の差よね」


状況をすぐには飲み込めず、呆けたように自身の掌を見つめるボロミアに、
嫌味のないしたたかな笑顔を向けてはその剣先を地に下ろした。


「私の腕は相当に年期が入ってるからね」
「しかも、かの誉れ高き武人である金華公の妻ときているからな」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないの、アラゴルン。
 後でホビット達と一緒に薬草採取に連れて行ってあげるわ」
「………それは光栄なことだ」


そして、そこには既に強者の面影は無く。


「というわけで。
 これからよろしくね、ボロミア」
「───ああ、こちらこそよろしく頼む、殿」





在ったのは、"仲間"の晴れやかな笑顔だった。



やっぱりボロミアには女性軽視発言をして貰わねば、と。(待てコラ)
いや、好きですよ、ボロミア。
ただこういう役回りはやはりボロミアかなって…(笑)