銀枝の
エチュード


「───止まれ」


辺り一帯に響いたのは低く硬い男の声だった。


「この先は銀の殿と光の奥方が治められるロスローリエンの園。
 まかり間違っても人の子が迷い込めるような場所ではない。
 何用だ。素性と共に隠匿無く明かせ」
「これはまた…初から随分と非紳士的なご挨拶ねぇ」


おどけてみせるが効果無し。
周囲を取り囲む6つの気配が気色ばんだ。

ここはロスロリアンも入り口の森。
カラス・ガラゾンには、まだ大分距離があるそんな場所。
そして私は今、警備隊長であるハルディアを先頭に6人のガラズリムに囲まれている。
ハルディアと他3人は今まさに私の目の前に。
残り2人は人の子の視力の及ばない樹上に姿隠して、あまつさえ矢さえつがえて。
さて、どうしたものか。
堅物の多いノルドールの扱い、お喜楽なシルヴァンの扱いには慣れているが、
ガラドリエルとケレボルンという何とも両極端な夫婦が治めるガラズリムの扱いは、
この歳になってもいまいち把握し辛かった。


「もしかして、新任の警備隊長殿は人の子がお嫌い?」


茶化してみれば、警戒の色を一層濃くされる。
しまった、はずしたか。


「一応、無駄だとは思うけど否定しておくわ。
 私は決して怪しい者じゃない」
「それでまかり通るのならば、我々は必要無い」
「まぁ、そりゃそうね」


今のやりとりで大概は相手がどんなタイプか分類できる。
どうやら彼はエルロンドと同じく何かと生真面目な造りをしているらしい。
しかし親友と違うところと言えば、ガラドリエルに対する絶対の忠誠心だろう。
ハルディアのガラドリエルに対する忠誠心は特筆に値する。
それは既に忠義のレベルを越えて崇拝の域に達するような代物だ。


「用事といえるような用事は無いんだけど。
 強いて挙げるなら、銀の木の殿と光の姫との旧友を温めに来たってトコかしら」
「寝言は寝てから言え」
「あら、西方語だけでなしに、
 人の子の慣用句までしっかりと応用できるなんて、意外と影の勉強家でしょ?」
「………」


更に温度の下がった冷ややかな視線。
軽い冗談だというのに、"生真面目"だと思っていたこのエルフどうやらは、
私の予想を軽ーく裏切って性質・"クソ真面目"であるらしい。
いや、単に頭が固いのか。
若さ故ということもあるのだろうが、硬度はある意味エルロンド以上だ。
こんな『友人としてケレボルンとガラドリエルに会いに来た』なんて、
冗談にしては大胆過ぎる物言いに、少しぐらいはリアリティを感じてくれてもいいと思うが。

とりあえず、ジョークがとことん通用しないことは良ーく判った。


『オロフィン』


ハルディアの左斜め後ろに控えていたエルフが一歩進み出る。
彼がハルディアの弟か。
目元なんかがやはり似ている。
ルーミルは居ないのかしら?なんて暢気に構えていると、
目の前にまで来たオロフィンに『失礼』とエルフ語で断られた後、
さっと後ろに回った彼に丁寧に両手を取られる。
首を捻って背後を見遣れば、彼の片手にはエルフお手製の素敵ロープが。
あらら。


『少々の御辛抱を』


お気遣いどうも。
次男の紳士的な対応に心中でだが感謝しておいた。

エルフのロープは、結んだ者の意志を汲む魔法のロープだ。
それが結んだ者ならば、ほどけろと念じるだけでするりとほどけるが、
結んだ者の手以外では何をしようがほどけない。
まぁそれが魔法であるのならば、専門家の自分に解けない道理はないのだが。
しかし、エルフの髪をじっくり時間をかけて丁寧に編んだ素晴らしい手工芸品を、
手首に忍ばせたナイフで切ってしまうのは惜しい。

そんなことを悠長にも考えている内に、ハルディアの冷ややかな背は随分と遠離っていた。





「どっちにしろ奥方様の前には連れて行く」





ただし丁寧な対応は期待しないことだ。
そんなハルディアの台詞を聞いた時には既に、目隠しによってこの視界は奪われていた。



続き物、ハルディア夢。
ハルディアとの初の顔合わせはこんな感じでした。

本当は連載の方がロスロリエンに到着してからupするつもりだったんですが、
原書が見当たらなくて連載が進められず、こっちのを先にup。