もう云百年近く会っていなかった悪友が、突然伝鳥を寄越して来たと思ったら、
近年稀に見る直筆にも『至急会いたし』などと彼の王らしくもなく、
少々腰の低い文体でもってあまつさえ畏まった署名までしたためてあったりして。
ただならぬ気配を察した私はそれこそ取る物もとりあえず駆け付けたというのに。


「赤子は勝手が判らん」


挨拶も無しに悪友は、開口一番そんなことをのたまった。


木漏れ日の
讃歌


「………ワンモアプリーズ?」
「此方の言葉で申せ」
「あー…、もう一回ほざいてくれる?」
「ほざくとは言ってくれるな」


ああ、激しく痛むこのこめかみをどうしてくれよう。
お気楽なシルヴァンを束ねる悪友から不意打ちやら肩透かしを喰うのは毎度のことだが、
今回ばかりは本気で頭を抱え込みたい心境だった。


「おお、そうだ。"此れ"はレゴラスと言ってな…」


スランドゥイルの膝の上には赤子。

短くも、陽に透けて神々しく輝く白金の髪。
陶磁器を思わせる白晢の肌。
若い緑葉を思わせる緑柱石エメラルドの瞳。


「わしの息子だ」
「"此れ"ってアンタね…」


だぁだぁと、スランドゥイルの首に掛かる豪奢な首飾りへと、
じゃれつく猫のように小さな手を伸ばしてレゴラスは、
大振りの紫水晶アメジストをはしっと掴むとあーんと口へと運んだ。
勿論、スランドゥイルの指先にやんわりとはたかれ、叶わなかったのだが。


「あらあら、これじゃ自慢の宝石も台無しね」
「まったくじゃ。此れときたら何でもかんでも口に含もうとする」
「まぁそういう年頃だからね」
「さもあればこうしてぬしを呼んだのであろう」
「子育ての手練を御所望と、陛下?」
「左様」


嫌味を込めて、臣下の礼など気取って見せれば、
スランドゥイルは喰えない笑みを浮かべて陛下の礼を返してきた。
しかしその手元には、はむはむと父親の見事な白金髪を食むレゴラス。
森の王の威厳も形無しである。
堪らず吹き出せば、悪友はむっつりと臍を曲げた。
「此れは一体誰に似たのか…」とごちてレゴラスの口から自分の髪を救出する。
いつにない王の有り様に堪え切れなくなって、
「よもやアンタが父親になる日が来るとはねぇ…」と、
ぐずり始めたレゴラスをスランドゥイルの膝から抱き上げた。


「ほーら、レゴラス」
「ふむ。手慣れたものじゃ」
「まぁね」


抱き上げたレゴラスはう?と小首を傾げる。
それにふわりと笑んで見せれば、すぐにきゃはりと破顔した。
赤ん坊は言葉を云々と掛けるよりも、
実際に肌を触れあわせて、表情で伝える方が手っ取り早く確実なのだ。


「…今、何故それは笑ったのじゃ?」
「私が笑ったからよ」
「判るように説明せぬか」
「あはは、エルロンドと同じ反応をするのねぇ」


赤ん坊特有のぷにぷにの頬に、自分のそれを擦り寄せる。
するときゃっきゃと小さな手がこの髪を引っ掴んだ。
赤ん坊の力なのだから大したことはなかったが、
このまま引き寄せられてスランドゥイルの二の舞いは正直御免被りたい。
一旦頬を離して、こつんと額を合わせる。
にぱぁと至近距離でレゴラスが笑った。


「赤ん坊はね、こうして笑って触れれば喜ぶ。
 愛されることに喜びを感じて笑う。
 小難しい理屈なんて無いのよ。
 ただ傍に居て、抱き締めて、笑い掛けてあげればいいの」
「成る程な」


貸せ、と。
両腕を伸ばして寄越したスランドゥイル。
しかし豪奢な椅子から腰を上げないその横柄さを見咎めて、
「父親ともあろう者が子を抱くのに腰も上げないとはどういう了見?」と、
レゴラスの瞼に口付けて早速乳母としての助言を与えれば、
悪友は一瞬きょとんとした後、すくりと腰を真っ直ぐに伸ばし両の足で地に立った。
こういうところが、スランドゥイルがこの森を統べる王たる由縁なのだろう。


「まぁ、エルロンドにも務まるぐらいだからね。
 アンタもいい父親になるわよ。私が保証するわ」
「それは心強いことだ」
「ただしあまり甘やかし過ぎないこと」
「ふむ。心得た」
「…どうだか」





あむあむ、と。
再び父親の髪を食み始めたレゴラスの頭をゆったりと撫でた悪友に、苦笑と祝福を贈った。



新米スラパパと赤ちゃんレゴラス。
「誰に似た」って、そりゃアンタでしょうよ陛下(笑)
内心で(アンタだよ!)って揃って盛大なツッコミかましてるシルヴァンの姿が目に浮かぶ。