海鳴りの
メヌエット


「ようやく顔を出したな、この親不幸ならぬ後見人不幸の不良娘めが」


久々に郷帰りしての、開口一番。
後見人の出迎えの言葉と表情はとても険しいものだった。


「不良娘って…いや、まぁ否定はしないけど」


裂け谷で暮らすようになって千年近く。
その間に後見人たるキーアダンの膝元である此処、
灰色港へと顔を出しに戻った記憶といえばほぼ皆無であったりするから。
『後見人不幸』やら『不良娘』との物言いにも思い当たる節はガンガンあるので、
まぁ頭からそんな小言を戴いても致し方無かったりで、敢えて反論はしなかった。


「それで、その不良娘が久方ぶりに顔出して…今度は何をやらかしたのだ?」
「…何をやらかしたって、また随分な良い様じゃない」
「何だ、違うのか?」
「信用無いわね。(コンチクショウ)」


年甲斐にもなく拗ねた表情を作ってみせれば、見事な顰め面が返ってきた。
このエルフは時にこうして妙に人間臭い仕草を見せる。
おそらくミスランディアの影響なのだろうと思うが、
本人曰く『お前さんの悪影響だな』とのことで。
『私はそんな厳めしい顔はしない』と反論すれば、
『全く嘆かわしいことだ』と真顔で無視されたのをふと思い出した。


「今日は報告することがあって来たの」


そんなこんなで。
報告する事柄が事柄なだけに、多少居住まいを正す。
するとその顰め面は訝しげなそれへと変わって。
自然と伸びる背筋。
緊張なんて随分と久しい現象だな、などと。
頭の片隅でぼんやりと思った。


「ええと、まぁそれで…実は、ね」
「ふん」
「今、裂け谷で暮らしてるわけなんだけど…」
「ふむ」
「その、そこで好きな人が、できまして…」
「───…」
「それでその人と近い内に夫婦の縁を結ぼうという運びになりまして…」
「───この馬鹿娘が!」
「っ!」


キーアダンの腹の底からの怒鳴り声など、生まれて初めて聞いたような気がした。


「何故そういうことは前もって便りを寄越さん!」
「だ、だって、仕方無いじゃない!」


予想以上の剣幕に少々たじろぎつつ、反論する。
確かに伝書使うなり何なりすればもっと早く連絡することができたろう。
けれど、それでも敢えて伝使も伝書も使わずに、
こうして自ら報告しに来たのにはそれなりの訳が、心境があったからだ。


「キーアダンには自分の口から伝えたかったんだもの…!」


そう、キーアダンにだけは。
きちんと自分の口から伝えたかったから。


「───…」
「友人や知人として過ごしてきた者はたくさんいるけれど、
 私が家族として過ごしてきたのはキーアダンだけだから…」
「まったく、この不良娘めが…」


恐る恐る見上げれば、厳めしい顰め面がふっとほどけた。
布擦れの音だけで歩みを進めてキーアダンは、私の正面へと立つ。
そうして照れやら何やらで、らしくもなく視線を宙に漂わせる私の頭をそっと撫でると、
」と小さくこの名前を呼んだ。

その優しい声色に。
思わず泣きそうになって、動揺した。


「お前のその頑な心を開かせた男ならまず間違いないのだろう。
 ───心から祝福しよう。
 おめでとう、
 我が最高の友人にして、我が家族…最愛の娘よ」
「…ありがとう」





涙目で見上げたキーアダンの顔は、
今まで見た事も無いぐらいに穏やかな表情を浮かべていた。



後見人なキーアダンとほのぼの父娘夢。
こんな夢をupしてるのはきっとウチだけだろうな…(笑)

このSSは勝手ながら、前々から金華公との馴れ初めSSをお待たせしている美和さんへ。
これも一応馴れ初め話…って、金華公出てませんな(笑)