爪弾くは
濃蜂蜜の竪弦
「あれ、グロールフィンデル。
今日はいつもと髪型が違うね?」
それは日課である朝の修練前の出来事。
修練場に姿を現した双子星もエルロヒアのそんな何気無い一言から始まった。
「おや、本当だ」
「それに結い紐もいつもの物とは違う」
「ああ。今朝はが結わいてくれたのですよ」
「が?」
「ええ。この結い紐もが編んでくれた物です」
じっと濃い蜂蜜色の髪を見上げる双子星に、
二人が来るよりも先に振るっていた剣を静かに鞘へと納めながら、
ふっと嬉しそうに端正な顔を緩ませる金華公。
一方、金華公の髪に釘付けとなった双子星は実に不思議そうに揃って首を傾げた。
彼らがこうしてらしくもなく無防備に頭上へと疑問符を浮かべているのには理由がある。
それは。
「「───って人の髪を結わくのを、大の苦手としていなかったっけ?」」
が誰かの髪を結うことを何よりも不得手としていると、
本人のみならず周囲からしっかりと聞き及んでいたからだった。
「僕らが幼い頃、何度『髪を結って』とせがんでも、
『ごめん、無理』『本当無理』の一点張りだったけれど」
「父上や母上も、『人には得手不得手がある』、
『苦手があるからこそ得意があるのよ』って苦く笑っていたしね」
「そう、あのお祖母様すらも『あまり触れてやらぬよう』って、
僕らに先手で釘を刺しておいたぐらいだからね」
まだ双子星が対エレストール用スキル"トンズラ"を習得していなかった幼き頃。
文字に偽りの無い無邪気な笑みを浮かべて結い紐を差し出す2人に、
ぎくりと固まり額に冷や汗を浮かべて『ご、ごめん』と、
『ケレブリアンの方が断然上手だから…!』と、断固として拒ばみ抜いた。
スキル"トンズラ"を習得後も、の反応があまりにもあまりなもので、
さすがの双子星もからかいの種にはせず今の今まで過ごしてきたのだが。
「努力家なのですよ、彼女は。
それを周囲に知られることは気恥ずかしく、良しとしてはいないようですが」
「つまり彼の金華の君を練習台にここまで腕を上げたってことだね」
「まったく贅沢な練習台だね。
しかし、僕らは以前のの腕前がどれほどのものであったのかは知らないけれど、
これをみると随分と上手くなったんじゃない?」
「ええ」
今思い返せばいつのことであったか。
『フィンデル、その、ちょっと相談があるのだけど…』と、
いつになく深刻な面持ちでそう話を切り出してきた妻。
その常からはない様子に何事かと背筋を正せば、
薔薇色の唇から頼りなく零れたのは『か、髪の結い方を…教えて、欲しいの』との、
彼の女性らしからぬ何とも消え入りそうな声とこの上無い赤面。
ともすれば、翌朝から夫婦揃って早めに起床し、
『…内密にお願い』とのの嘆願からひっそりと開始された特訓。
マイアであることを抜きにしても、
何事も卒無く人並み以上にこなしてみせる彼女が初めて自ずからみせた"不得手"。
開始したばかりの頃は、夫の誉れ高い見事な黄金髪を不格好に編み上げる度に、
青く、赤くなっては『ごめんなさい…』と、何度も消え入りそうな声で謝っていた妻。
それが徐々にだが技量を上げ、
今では自分なりの趣向を凝らすこともできるまでに腕前を上げた。
本人はいまだ今一つの自信が無いようで、結んだ本人であるというのに、
『ねぇ、変じゃない? 大丈夫?』と結われた夫を送り出す際何度も確認をとるのだが。
「お二人も、今度結って貰ってみてはいかがです?」
「おっと、夫殿のお許しが得られたよ。
ならお言葉に甘えて今度押し掛けてみてようかエルロヒア」
「それは良い考えだね、エルラダン」
「ただし、不要にをからかわぬように願います」
「「判ってるよ」」
それこそ僕らはにありとあらゆる恥ずかしい過去を握られているのだから、と。
そんな命知らずな所業には出る勇気は無いよ、と。
朗らかに声を立てて笑いながら双子星は、やはり合わせ鏡の如くに剣を構えた。
旦那のために一念発起した奥さんの巻。(他に言い様は…(以下略)
エルロンドはゴンドリンに居た頃にヒロインと会ってるので、
実は被害者第一号だったりします。
己の不得手が発覚して、さしものガラ様も見兼ねる程に超凹んだようですヒロイン…(笑)
image music:【愛妻家の食卓】_ 椎名林檎.