存在の
普遍と変遷


「うーん、やっぱり痛いことは痛いんだけど…」


ただいまキーアダンと共に、自身の肉体に起こった変化を確認中というか検証中。


「本当に治った…」
「痕はまだ多少残っておるようだが」
「そうね。でもまぁこれぐらいの傷ならたぶん、もう少しすれば跡形もなくなるでしょ。
 ねぇ、傷の治る速さだけならエルフもこんなもの?」
「この程度の些細な傷では何とも言えんな…」


キーアダンから果物ナイフを借りて(これがまた見事な彫刻で血で汚すのも一瞬躊躇った)、
人さし指のはらに多少深めの赤い線を引いてみた。
すると確かに出血もあり、皮膚が裂ける鋭い痛みもあったが、
血を舐め取るとぱっくりと開いた傷口は、すぐにすっと閉じた。(今更だけどびっくりよ)


「じゃあ動脈と静脈は避ける形で、今度は太ももの辺りで試して…」
「よさんか」


軽い溜め息と共に、ナイフを取り上げられる。


「痕は確実に残ることが判ったのだ。
 そう易々と傷付けるものではない」
「嫁の貰い手が無くなるし?」
「本当に良い意味で威厳も何も無いマイアだな、お前さんは…」


どうやら私はマイアとしても特殊・異端な存在らしい。
その最たる例がこの身体。(まぁキーアダンが言いたいのは中身の方なんだろうけど)

種族は相変わらず人間。
ちゃんと二本足で立っているし、酸素は肺経由でもって補給している。
性別も女のまま。
格別美人になったわけでもなければ、特別不細工になったわけでもない。
外見も、内面も全くもって元の世界のそれ。
けれどマンドスの話によると、この身体は『肉体の時間を完全に停止させ』られたらしい。
要するに肉体的に老いることがなくなったということなんだろう。
ただしこれは決して完全な『不老』ではなく、また『不死』ともまるで別物であるようで。
人の子としての寿命が引き延ばされているのでもなければ、
エルフのような不死性が与えられたわけでもないという。
ただ純粋に、『肉体に関しての時の前進後退を奪った』と彼は言っていた。
端的にまとめれば、限りなくエルフに近い人間。
そんなところか。


「不老かどうかはそれなり時間を経ないと判らないからとりあえず保留するとして」


そんなこんなで。
肉体においての時の前進後退の停止には、
それが破られた場合、そのズレた分の時間軸を修復をする働きもあるらしく。
おかげでさっきの実験の通り、
さすがにエルフ並みとまではいかないが、人の子よりもずっと怪我の治りが速い。
(おそらく、怪我=肉体の損傷=肉体に関する時の進行→進んだ分の時間が巻き戻る、
 そうした時間軸の修復の作用として怪我が治る、もとい"元の状態に戻る"のだと思う。
 いや、あくまで推論の話で、我が身のことながら実際にはどうか全然判らないんだけど…)
ただ元が人の子の肉体であるせいか、エルフと違って怪我をすれば多少傷跡は残るし、
不節制に励めば体調も崩すし、風邪も引く。


「森羅万象を愉快に無視してるというか何というか…。
 元が人の子の身である以上、身体能力が"向上"したとは言えるんだろうけど」
「複雑、といったところか?」
「まぁね」


イルーヴァタールからの贈り物である人の子の寿命を、
ヴァラールが取り除くことはやはりできないのだろう。
不老不死の代用となる形を求めた結果、こうした呪詛まがいの形に落ち着いたらしかった。


「しかし、難儀な肉体だな」
「そう?私としてはこの程度で結構安心してるけど。
 エルフと人間の美味しいとこだけを集めた身体かなぁ、なんて」
「ほう」


神の御使いの何と勝手なことか。
最初は正直、そう思った。


「だって、もし完全にエルフの『不死』性を得ていたら、
 私はもうきっと寒さも暑さも、鮮やかに感じることができなくなってたと思うから」


なぜなら今や私は、古傷やら風邪の症状やらでしか、
それがたとえ『いまだ辛うじて』であったとしても、
自分が確かに人間であるということを確認できなくなってしまったのだから。


「エルフは感じられるもの全てが『緩慢』だからの」
「美に関しては壮絶だけどねー」


しかも最初の使命が、『ヴァラール軍に加わってモルゴスとの戦いに参戦して来い』。
異世界への来訪というのは、もっと夢や希望に溢れているものだと思っていたのに。


「だから総合的に言えば、この身体の具合には満足してる」
「…人の子の身として生きていくということか」
「色々と難しいけど…結局私は人間という存在がそれほど嫌いじゃないから。
 18年間人の子として生きてきたわけだし。
 そうありたいと…今もそしてこれからも人の子でありたいと、私は思ってる」


けれど幸運なことに適応力だけはずば抜けて高くできているらしい自分の性質にも救われて、
また受け入れてくれた友人達にも恵まれたおかげで、
時に闘いに、時に平穏にと、私はこうしてこの世界で生きている。





「───お前さんがマイアとして此処に居る理由がまた一つ判ったような気がするよ」





そう今も、私は私として生きてる。



キーアダン夢?(聞くな)
登場人物の喋り方は映画に準じるか私の捏造かのどちらかがほとんどです。
原作だとほとんど代わり映えのない、翻訳独特の丁寧な敬語ですからね…。
あ。これは後々、ギル=ガラドとキーアダンの養子自慢対決への伏線です。(本気か)