それは滴る
至福の如く


「……
「何?」


彼の胸を背もたれとして、後ろから抱きしめられつつカウチへと腰掛けている今の私は、
さぞや満面の笑みを浮かべてることだろう。
対して私を腕の中へと収め、しっかりとこの身を預けられているグロールフィンデルは、
困ったように、けれど柔らかにその端正な顔を崩して私の名前を呼んだ。


「今日はまた一体どういう趣向なのだろうか」


彼の言いたいところは要するに。
いまいち計りかねる私の行動の意図するところ何なのか、と。
つまりはそういうことで。

今現在、私はグロールフィンデルの腕の中で、
幼子のするそれよりもずっとしたたかな動作でもって、
握りしめたり、指を絡めたり、時に唇を寄せたりと彼の両手を弄んでいる。


「ふふ。ほら、フィンデルって手が塞がるのを嫌がるでしょう?」


彼は武人だ。
武人とは総じて両手、特に利き手が塞がることを嫌う。
それは一種性(さが)ともいえるもので、武器へと手を掛けるに一瞬の、
けれど戦場や咄嗟の場合に際しては決定的且つ致命的な隙が生ぜしめてしまうからだ。


「まぁ、そうだが…」
「だから。」
「答えになっていないと思うのは私だけだろうか…?」
「さあ、どうかしら?」


くすくすと隠すこともなく声を立てて笑う。
ともすれば背中越しに伝わってくる小さな溜め息。
更に猫が擦り寄るように身じろげば、ふわりと肌に触れる彼の濃い蜂蜜色の髪。
その感覚がもっと欲しくて、そのしっかりとした腕の中で軽く振り返れば、
穏やかに細められた眼差しと甘やかな口付けがこの瞼へと落ちてきた。



「甘やかしても無駄よ」
「ならば甘えて見せようか?」
「それは……確かに効果絶大ね」


鼓膜を直に振るわす、心地良い澄んだ低音。


「…まぁ要するにね」


ああ、なんて愛しい。





「歌にも謳われる程に誉れ高き武人であるかの金華公の利き手を、
 こうも完全に封じることができるのは私だけ…とね、実感して幸せを噛み締めてたのよ」





なんて幸せな、この存在。


「───…そうか」
「そういうこと」
「だが、。君は重要なことを一つ忘れている」
「重要な、こと…?」


そんな幸せの余韻に浸って。
そう、私は完全に油断していた。
彼の穏やかそのものの声色に"それ"を失念していたのだ。


「っ…!」


不意に襲われる浮遊感。
ぐらりと揺らいだ重心。
思わず呑み込んでしまった呼吸。
はっとすれば背に感じる、彼の体温を含まない柔らな布地。
きっちりと互い違いになんて絡め取られてなどいる左手の指先。

気付けば、しっかりと男の笑みを敷く彼の顔を見上げてしまっている自分。


「確かに私の利き手は右だが、武人故に両の手共に利いて使えるのだよ」


カウチに押し倒されてなどいる、この身体。


「…ぬかったわ」
「ならば、こうして君のふいを突けるのも私だけであることを願おう」
「そんなの願わなくたってフィンデルだけよ」





そう、本当に彼だけなのだと。

さらさらと彼の肩口を滑りこの胸へと滴り落ちる黄金色のそれと共に、
ゆったりと与えるように優しく注がれる唇に応えて、静かに目を閉じた。



ちなみにMy設定では、グールフィンデルは右利きでエクセリオンは左利き。(だから何だ)

もうベッタベタです。
何でこんな糖度高いのか自分でも判らないです。
むしろ滴ってるのは自分の冷や汗です。(笑)