過ぎ去りて
未だ来たりぬ


「お久しぶりです、!」


裂け谷の親友の元へと身を寄せることになって早数千と数百年。
色々と慌ただしく過ぎていく日々の中、
ふと、そういえばここしばらく顔を見ていないなぁなどと、
自他共に認める悪友の顔を思い出し、ふらりと足を運んだ闇の森。


「久しぶりねレゴラス。もう何百年ぶりかしら?
 最後に顔を見たのは確かレゴラスの2000回目前後の誕生日だった気がするけど。
 そこのところはどうだったかしら、スランドゥイル?」
「人の子でもあるまいに、我がそのような些細なこと気に止めているわけがなかろうて」


毎度のことながら突然の来訪にも拘わらず、
王の気質を継いでかどうしたって陽気な森のエルフ達の歓迎を受けて足を踏み入れたそこは、
闇の浸食こそその影を延ばしていたが以前とほぼ変わりなく、
緑葉の王子の爽やかな笑顔も、悪友である宴会王の不敵ぶりも実に健在だった。


「息子溺愛のくせに何言ってるのよ。ちなみに正解は2013回目ね」
「………」


こんなやりとりも本当に久しぶりで。
懐かしさなど感じてしまう事実に、同時に一抹の寂しさを覚えた。


「はは! 変わり無いのようですね、は。
 息子ですら手を焼く父を、こうして丸め込めるのはやはり貴女ぐらいのものですよ」
「ふふ、それはお褒めの言葉として受け取っておくわ、ありがとう。
 レゴラスも相変わらず不必要に父親に似ることなく壮健に成長しているようで安心したわ。
 この分だと闇の森も安泰ね」
「…随分と言うてくれるではないか、よ。
 喧嘩を売っておるのであれば買うぞ?」
「あら、これは誉めてるのよ?
 偏屈極まりない王のくせに、子供育てだけは上手であることは認めるところだからね」


ひとえにこの偏屈王の数多い手練手管の一つとして成せる技なのか。
はたまた父の教育如何ではなく、下地としての息子のできが良かったのか。
レゴラスは父親の悪癖など微塵も受け継がずに健やかな成長をとげている。
いや、やはり(会ったことはないけど)母譲りな息子の資質か。
裂け谷の双子星を思い出して、そう結論付けた。(あれはケレブリアンの血だわ…)


「ああ、そうそう」


父と父の悪友との皮肉の応酬を横目に、
気を利かせてか父秘蔵の一本と3つのグラスを用意してきた息子を見とめて、
うっかりと、すっかり失念していた『お土産』を取り出した。


「はい、これ」
「なんじゃ?」


直に手渡したのは、裂け谷でも極上も最上な一本の葡萄酒。


「エルロンドからの"心遣い"よ」
「ふん…」


本当は嬉しいくせに、それを素直に表すことのできないスランドゥイルは、
気怠げに受け取ったそれを更に憂鬱そうに見遣った。
もうこれはノルドとシルヴァンの気質の違いから発するものなのだろう。
スランドゥイルとエルロンド両名の統治具合がそれを如実に物語っているが、
ノルドからすればシルヴァンはお気楽にも過ぎるものがあって、
シルヴァンからすればノルドは堅苦しいにもほどがあるのだそうだ。
確かに、と。
両者の言い分共に納得できる部分は多々有り過ぎる程に有るので、敢えて口は挟まない。
キーアダンなどにも「微笑ましく見守ってやれ」と言われてるので、そうしてる。


「一国の王のくせに、礼の一つも言えないの?」
「何故、我が貴奴になぞ…」
「 国 王 陛 下 ?」
「………」
「いいじゃないのよ。どうせ私の口を介して、なんだから」


敢えてその立場を強調して、返礼を強要する。
歯に衣を着せぬ物言いでもって同族殺しやら何やらと罵ったって、
少なからずノルドを嫌悪してるのは確かであっても、
だからといってエルロンドのことはといえば結局嫌いでも何でもないのだ。
元より、族派どうこうの偏見からその視界を閉じるような器量の狭い男でもない。
ただその偏屈な性格が災いしてか、こうでもしてやらなければ礼など言い出せない、
それだけなのだ。(エルロンドにチェスで負けたことをまだ根にもってるのよね…)


「…帰りにそれを持って行くがいい」
「あら、闇の森の王秘蔵の一品ね」
「いちいち癪に触る…礼辞は適当に繕っておけ」
「はいはい」


しぶしぶといった風に繕ったその態度に、レゴラスと共に苦笑を見合わせる。
本当に父親の良いところだけを見て育ったのね、と改めて認識を新たにしつつ、
お土産の方のワインを開け、王そっちのけで王子へとグラスを傾けた。





「これでは黄色髪のも苦労する」
「失礼ね。もし仮に苦労してるとしてもケレボルンの殿ほどじゃないわよ」
「はっはっは! 違いない!」



スランドゥイルも好きです。
あの恰幅の良さとじじい喋りがたまりません。
(文才と語彙が追い付かないのですが…/汗)