星を手にする
君へ


「今日、エレストールから教わりました。
 が数々の戦役でエルフと人間を引き合わせ、そして導いてきたと。
 彼は貴女のことを伝説の英雄の一人だと言っていました」


相も変わらず、テラスでゆったりと読書をして過ごしていた午後のおやつ時。
ちょうどエレストールの講義が終わったらしいエステルに、
通りすがりにも声を掛けられたのをいいことに、そのまま誘拐。
連れ込んだ自室で、幼き未来の王と二人穏やかにお茶を楽しんでいた。


「参ったわね…どうにもエレストールは私のことを過大評価している節があるから」
「そうなのですか?」
「そうなのよ。
 歴史的事実の部分に関してはこれといった誤りは無いのだけど。
 私の人物像については…多かれ少なかれ美化が施されている感が否めないわね」
「そうかなぁ…?
 僕はそうは思いませんでしたが」


そう、エレストールはどうにも私のことを過大評価してる節がある。
それが一体誰の影響によるものなのかいまだに掴めないのだが、
彼がこの裂け谷に貯えられている膨大な伝承や歌の類いから、
私という存在を構築する多々の情報を得たことは確かで。
そのせいもあってか、どうにも私の人格像が美化されてしまっている感が否めないのだ。

まぁそんな美化フィルター、出会いから数カ月も経たない内に、
実に楽しく、存分に、また爽快に砕いてやったから今はそれほどでもないのだけれど。
しかしやはりそれが歴史の講義ともなると、
どうしてもそうした過大評価とも言える美化がひょっこり顔を出すようだった。


「ならエステル。
 エステルは"伝説"や"英雄"とは何だと思う?」
「え?ええと、英雄…偉業を成し遂げる人、ですか?」
「まぁそれも英雄といえば英雄なんだけどね…じゃあ伝説とは?」
「うんと…伝承、古い言い伝え、でしょうか」
「そうね。辞書で引いて一番に出てくるのがそれね。
 エルロンドばりに堅苦しく言えば、
 『口承文芸の分類の一つで、過去の事物と結び付けて語り継がれるものの内、
 現在にも事実であると信じられているもの』、そんなところかしら」


まったく子供の成長というのは目紛しい。
ついこの間、四つ足から卒業したばかりと思っていたのに。
それももう十数年も前の話になるのか。
今やエステルは健やかな成長を遂げ、見た目的には13〜14ぐらいだろうか、
基礎中の基礎とはいえ、フィンデルの剣術稽古を受ける許可を、
エルロンドから得られる程に大きくなった。
さすがに1日も100年も同じ、とまではいかないが、
自分にも随分とエルフの緩慢な時間の流れが染み付いていたらしい。
ふと、そんなことを思った。


「でもね、伝説とは何も有名な歴史的、道徳的物語ばかりを言うんじゃないわ」


カップを両手で持ったまま、じっと聞き入るように真っ直ぐな視線を寄越すエステル。
そんな生真面目なところばかりエルロンドに似てはダメよ、と。
その少々クセのある柔らかな茶混じりの黒髪をくしゃりと撫でてやった。


「誰だって次代へと語り継いでいきたい経験がある、想いがある。
 言うなればそれこそが伝説。
 そういった経験や想いが宿っているものこそが伝説なのよ」


そう、伝説なんて詰まるところそんなものなのだ。
小難しい古代文字で書かれたものでもなく、格別の奇跡や武勇伝を内容とするものでもなく、
誰の胸の中にもあるような、それこそひっそりと慎ましい想い出の類いだってまた伝説。


「それにね、英雄なんてものは何も古今無双の特別な存在じゃない。
 私が英雄だとしたら、エステルだって立派な英雄よ?」
「え、僕もですか?」
「そう。もっといえばラダンやロヒア、アルウェンだって英雄だわ」
「兄さま達も!?」
「ふふ、そうよ」


英雄もまた然り。
それは壮大な偉業を成し遂げた者が冠する仰々しい称号であるけれど。


「自分の成すべきことを成す。
 それができれば皆誰もが英雄よ。
 英雄は己の成すべきことをおのずと知る。
 そしてそれを始めから定められたものとして安易に受け入れるのではなく、
 見定め、見据え、自らの意志のもとに選択した上で立ち向かう。
 英雄の必要絶対条件は、世界を救うことでも何でもないのよ」


そう、だから。





「だからね。伝説の英雄なんて、意外とそこら辺にごろごろしているものなのよ?」





こうして今目の前に居る少年のようにね。
胸の中でだけ呟いて、未来の王へと微笑い掛けた。










「…僕も英雄になれますか?」
「なれるわよ。エステルなら絶対に、ね?」



エステルと英雄論。
このSSはかーなーり遅くなってしまったんでお忘れかとは思いますが、
お約束通りにもアラゴルン同志の黒雨サンへ。
チロっとでも楽しんで貰えれば嬉しいです!