気付いた時には既に、そこは現実だった。


物は語たりて
始まりは終わる


生臭くすえた臭い。
空気から噛み締める錆びた鉄の味。
辺り一面を埋め尽くす屍と血の海。

赤ばかりの視界がこんなにも吐き気をもよおすものとは正直思わなかった。



足許では、重なり合って死体が地に臥しているため足の踏み場も無い。
それだけのせいでもないが、とにかく動けない。

と、ふと。

その中でもすぐ右横の、ひときわ瞳孔の開ききった、
腹に対して垂直に、ど真ん中に一振りの刀が突き立てられたそれが、
どうしてか痛いくらいに目についた。


───此処に居てはいけない。


耳鳴りがする。
本能が告げた。


「おい!! まだいやがったぞッ!!」


───ほらね。


何かが壊れたんじゃないかと思うくらい、酷く冷静な傍観部分。


「何だ…、妙な格好の女だぞ…!?」


怠い身体を緩慢な動きでもって引き摺り、向き直って相手を見据えた。


「関係ねェ!! ここにいるのは全部敵だ! 殺せッ!!」


どうやら逆効果だったらしい。


「殺れ!!」


男が酷い形相で走り寄って来る。
手には斬るというよりは叩き潰すような幅の広いの刃物。
ああ、そうか確か中国の刀剣類は日本の刀なんかと違って全て両刃で分厚いんだったか。


「何、考えてるんだろう…」


正面の振りかざされるそれではなく、視界の端に鈍い輝きを捉えた。
さっき見た、死体に突き刺さった刀だ。


「うおぉおぉぉ───」


やはり振り下ろされるそれではなく、地を抉りつけているそれを。
それを日本刀と、そう認めた次の瞬間。
自分の掌はしっかりとその柄を握っていた。



───べたり



力を込める。



ぬちり───



引き抜く。





その重みの全てがこの手に収まったと実感すると、刃先は紅い糸を引いた。





眼が乾く。
喉が干り付く。
どくどくと心臓が騒ぐ。

世界が近くて遠い。


身体が、熱い。





「死ねェッッ!!」





───死ぬのは、嫌。





「───が…ッ」


自分でも驚く程速く、冷麗な光陰でもって弧を描いた切っ先。
指先から腕を通して伝わってくる鈍い感覚。


「ぐぁ…」


鉄を削る感触。
肉を裂く感触。
骨を断つ感触。

斬りつけたそこから浴びせられた紅の生ぬるい温度。

身体中の神経が訴えてくる。
その全てが不快だ、と。


「…私は」



紅く濡れた刀身は見事に鎧ごと相手の胸と喉笛を切り裂いていた。



目の前には、既に微動だにしない崩れ落ちた血塗れの肉塊。
いつまでか人であったそれ。
いつのまにか人でなくなったそれ。

そしてそれと寸分違わず紅く染まっているだろう自分。



───気持ち悪い。



「私は…」


広がる紅、飛び散る朱、まとわりつく赤。


「…ごめん、なさい」





───私は、わたしはひと、を










「───お前は…」


声がした。
男の声。

耳鳴りが、止んだ。


「お前は一体」


見られたか、なんて。
妙にズレたことを考えてる。

…馬鹿らしい。


「…一体、何者だ?」


露骨なまでに、警戒心剥き出しにするその声に。
どうしてか深く安堵した。


「───!?」


聞き覚えがあった。


「おいッ!?」


やっと、世界が遠のいた。





これが、私の物語の始まり。



こういうグロさは無双夢でないとできないよなぁと思いまして。
実はこの手の文章は書いてて楽しかったりで結構好きだったりします(笑)

ちなみに、魏→夏侯惇、呉→孫策、蜀→趙雲で読んで貰えれば