続くシアワセ



「いよーぉ、!」
「孫策様。それに周瑜様も」
「お前、今暇か?」


満開の桃の花に囲まれて、ぼんやりと輪郭が霞む中庭にいたのは整った顔立ちの二人の男性。
直属の上司であり師でもある呉軍師・周瑜様に、
戦場で自分を拾ってくれた主にして呉の小覇王である孫策様。


「来い来い」


暇かと聞かれれば、多少時間を持て余しているのは確かで。
自分がこうして身を置く呉の君主であり、命の恩人でもある、
また兄のように慕ってさえいる孫策様に、
「茶ぁ付き合えー」なんて笑顔で手をこまねかれたら、それこそ断る理由が無い。
だからこそ素直にこくりと頷いてみせれば、二人は揃って表情を和らげる。
素直にその元へと歩み寄れば、「おし」と孫策様はまたにかりと笑った。
この人は本当に太陽みたいな人だと、そう思う。


「すまんな、
「いいえ、お誘いに預かって嬉しいです」
「そうか。
 しかしこやつときたら相も変わらず仕事を溜め込んでな…、
 一向に減らそうという努力もせん。
 今度、いや近い内に陸遜の方に頭を下げに行かせよう」
「…ああ、そっちの話ですか」
「お、俺だって忙しいんだよ」
「大喬殿と茶を楽しむのに、か?」
「私も大喬みたいに好きな人と中庭でお茶を楽しみたいものですよ、たまには」


けれどそんな孫策様も。
好対照に月の似合う周瑜様と私のじとりとした視線を受けて「うっ」と言葉を詰まらせる。
そして、苦し紛れと言うか何と言うか。
一体何処をどう解釈したのか判らないが、何とも筋違いな主張を得意の大声で口にした。


「うっせーな! お前と違って俺は大喬一筋なんだよッ!!」


いや、確かに大喬は可愛いし優しいしで良い奥さんだけど。


「な…っ! 失敬な!
 私がいつ小喬以外の女子にこの情を向けたというのだ!!
 小喬以外の妻を傍に置こうなどとは思わんっ!!」


うんうん、小喬も元気で明るくて…って、周瑜様まで何全力で張り合ってんですか…。


「………あのですね、お二人共」


俺は大喬以外に娶る気なんざこれっぽっちもねぇもんな!!やら、
私とて小喬以外の子を望んだりはせん!!やら。
大声で不毛な主張、もといノロケを披露し続け合う美形二人。
しかも内容が内容であるから、
通りすがる女官や文官、警備兵と周囲の視線はどうしたって集中する。
痛い、本気で視線が痛い。
傍で聞いているこっちが恥ずかしい。

でも、それ以上に。


「…っぷ、あはははは…!」
「「!」」


愛妻家義兄弟、マジ最ッ高。


「な、何だよ!
 そんなに笑うことねぇだろ!?」
「…………。」


やっちまった…!と恥ずかしさを誤魔化さんばかりに大声を張り上げる孫策様に、
しまった私としたことが…と言った表情を隠すように額に掌を添える周瑜様。


「だ、だって…呉の君主とその参謀が、真っ昼間から中庭で…大声で奥さん自慢…っ」


これば笑わずにいられるだろうか?
いやいられまい。
(反語)


「…っ、くく…あはは…っ」
「〜〜〜っ!!」
「す、すいません…でも、ああもう、腹の皮がよじれる…っ」


ようやっと周囲から好奇の視線を一心に集めていたことに気付いたらしい孫策様は、
腹を抱えて卓につっぷし背中を震わす私の名前を怒鳴る。
それこそ真っ赤になって、ぶっきらぼう、嗜める。
けれどそれは明らかに照れ隠しというやつで、
その微笑ましさに、また更に込み上げて来る笑いを抑え込むのに私はとにかく必死だった。





そんなこんなで。


「………、そろそろ勘弁してはくれまいか?」
「は、はい──…ふぅ。久々に涙出るくらい思いっきり爆笑しましたよ」


ドツボに嵌まってしばらくやまなかった腹筋のひくつきや、酸素欠乏状態の肺も、
深い深呼吸を一つ、孫策様の顔の熱も幾分ひいてきた頃にはようやく治まりつつあった。


「私も久方ぶりだな。こんなにも大笑いされたのは」
「俺もだ」


見れば腕を組んで、鼻で小さく溜め息を吐く周瑜様はほんのりと疲れた雰囲気。
孫策様にいたっては酷くぐったりした様子で、
椅子の背もたれへと反っくり返って身を預けていた。

そんな二人に、平和としか言いようのない光景に思わずほろりと零れたのは自分の声。
それは意識の深い所に抱え持った感情、願望。





「…本当、孫策様や周瑜様みたいな兄さんがいたらいいのに」





ほぼ無意識に動いた唇に、はっとして口元を抑える。
けれど、抑えたところで一度放ってしまった言葉が今更に戻ってくるはずもなく。
一方、零された二人はと言えば一瞬きょとんとした表情を見せて。
次いで顔を見合わせると呼吸もぴったりに互いの声を被らせて。


「周瑜みたいな兄貴が欲しいのか、お前?」
「孫策のような兄が欲しいというのか、?」


またもや素晴らしい義兄弟っぷりを発揮したのだった。


「こんな小言の多い兄貴なんざ鬱陶しいだけぜー?」
「こんな騒がしい兄なんぞ居るだけ不必要に気苦労が増えるだけだぞ?」
「言ってくれるじゃねぇか周瑜…」
「ふん、真実を口にすることに何の問題がある」


また始まった。
先程のもそうだがこの君主と上司に、またそのやりとりに対する私の感覚は、
何だかもう慣れの領域に達してしまっているらしい。
あーだこーだと互いの欠点を突付き合っている二人を、
周瑜様に入れて貰った茶を口にしつつ冷静に観察(傍観とも言う)に徹する。
すると。
ふとこの視界の端が捉えたのは、江東の華と謳われる美人姉妹。
月も光を消し、花も恥じらう美しさを誇る二喬だった。


「あ。小喬に大喬」
「「!」」
「あー! 周瑜様〜!」
「あら孫策様。それに周瑜様にも」


姉妹の名前と声に、ぴたりと停止した孫策様と周瑜様。
はっきり言って面白いことこの上無い。
そしてそんな二人の不審な挙動を余所に、
台詞からも判る通りやはり旦那が一番らしい妻君達(特に小喬)は、
それこそ華のような笑みを浮かべてぴょこぴょことやって来た。
本当にありえないぐらいのラブラブっぷりだな、と。
今更ながら本気で関心さえしてしまうのは決して私だけではないはず。(ねぇ、周囲の皆さん?)


「3人共私達に黙って仲良くしてるなんてずるーい! 私達も混ざるー!」
「もう小喬ったら…私達もご一緒してよろしいでしょうか?」
「おう、当然だろ」


そんなこんなで大喬、小喬を加え、それからしばらくは5人(というか2夫婦+1人)で、
和気藹々と、和やかな会話を楽しんだ。
しかし、ふと思い当ったように口を開いた大喬に状況は数十分前に逆戻りする。


「そういえばさっきはとても楽しそうだったけど…一体何を話してたの?」
「「…!」」


再び顔色を変えたのは、他に誰がいるというのか義兄弟。


「…ああ。それはねー」
「おい! !」
「うわ…っ、も、もご(ちょ、ちょっと)…っ」
? 孫策様?」


横からその大きな掌に、がっぽりと口を塞がれる。
ともすれば目の前には不思議そうにことりと首を掲げる大喬と小喬。(可愛いなぁ、やっぱり)
抑えられてるのが口だけなのでそれ程息苦しくはないのだが、
頭ごと押え込まれているこの体勢ではこれ以上動くに動けない。
救援を求めて師へと視線を向ける。
が、しかし。


「…ふうふはま(周瑜様)…」
「先程までの会話内容の一切を口外することは許さん。これは上官命令だ」


いや、口外禁止も何も。
あんだけ大声で騒いでたんだから、明日には城中の噂になってますって。
それどころか今日の夕餉の話題にだって危うい。
というか思いっきりにこやかに職権乱用ですか、周瑜様。


「何?どうかしましたの…?」
「いいや、大喬殿の気になさるところではない」


にっこりと爽やかな笑顔で大喬へと向き直る周瑜様。
どうやら状況は孤立無援というやつらしい。
それに倣って笑う孫策様も「そうそう気にすんな〜」なんて自分の口を塞ぐ手に力を込める。
力が込められた分椅子から腰が浮いて、この体勢はちょっと辛い。


「んー、んー!(孫策様、いい加減離して下さい)」
「ん? ──っと、悪りィ悪りィ。大丈夫か?」
「…ぷはっ……自分でやっておいて大丈夫かって…いや、大丈夫ですけど」
「本当悪りィ!
 …っつー訳で、黙っといてくれよ、な? 頼む、この通りだ!」


どういう訳何だか指示語がいまいち不明ではあるが、
目の前でパンッと両手を合わせて頭を下げてくる孫策様。
一方、口には出さないけれど周瑜様も目配せで同じ内容を訴えて来る。

さもすれば、私の答えなど一つに決まってしまう。


「判りました」
「恩にきるぜ〜」
「その代わり…この恩は高いですよ?」
「うっ…」


自分の勝手な憧れだが、本当に兄のようで。
だからこそ、その身勝手にも憧れの兄の片割れにやや人の悪い笑みを向けて。


「まず金輪際、御自分の執務は御自分で。
 それでもって今日陸遜に回した執務も引き戻して御自分で。
 ついでに今まで…だとあまりにも(執務が滞って周瑜様以下の文官が)可哀想な気もするので、
 ここ数日部下一同に押し付けた仕事の分だけ余計に、
 皆の分の仕事をしっかりとこなしおいて下さい」
「………お、おう」
「ありがとうございます」


しっかりと釘も刺して。

これ以上は野暮かな、と。
2組の夫婦との茶席を後にした。











「まったく…適わねぇなぁ、には」


だから。


「ふむ、本当に賢い『妹』だな」
「ああ。つーか、本気で親父に掛け合ってみるかな、養子縁組」
「まぁ…そうするとが私達の義姉妹になるのですね?」
「本当!? イイ! それって凄くイイ!」


なんていう、嬉しかったり少し恥ずかしかったりする会話は、
うっかり聞き逃してしまったのだけれど。



孫策×大喬、本当に大好きです。
周瑜×小喬も好きなんですけどね、やっぱり孫策大喬。(力説)

『続くシアワセ』というタイトル通り、さり気なく『相思幸福論』とリンクしています。