Calling for destiny.


「そうか…、彼女が"助言屋"か」


『助言者』。
数メートル離れた所で鑑識班と会話する彼女へと視線を固定して、
火村はぽつりと、本当に呟くようにそんな単語を口にした。


「助言、屋…?」
「ええ、そうなんですわ。
 一部の上層部やその他のお偉いさんからの協力要請にのみ応じて、
 動いてるらしいんですよ、彼女。
 そらもう丁重に御出迎えするよう上からお達しがくるんですから」


大分寂しくなった頭部を撫で付けて担当警部は、
自分の、鸚鵡返しさえも中途半端なそんな疑問系にも、
職業病なのだろう、間の手宜しく答えてくれた。
しかしその声色が幾分乾いた代物であるように感じられたのは、
自分の気のせいだったのだろうか。


「はぁ…、お前の同業者か?」
「馬鹿野郎。俺のフィールドワークに同業者もクソもあるかよ。
 俺なんかよりもずっと得意な存在だ。
 なんせこの俺をして特異と言わしめるんだからな」
「今回もそうでしたけど、どんな手品を使ってるのやら、
 彼女は証拠品やら遺留品やら、犯人や事件の真相に繋がるような、
 物的証拠、状況証拠の類いを気持ちの良いぐらいぽんぽんと指示してくれるんですよ。
 まぁ、あくまで"指示だけ"ですがね」


大の男が三人、揃って彼女の背中へと視線を固定する。

自分よりもずっと狭いそれ。
何処か切なく憂いを帯びたそれ。


「───まるで最初から犯人が判ってでもいたかのように」


なのに。
その儚くも静謐な雰囲気を汚されたような気がして、
警部の卑下た声と言葉に、憤りにも似た不快感を覚えた。


「助かるには助かるんですがね、非常に。
 ですが正直気分の良いもんじゃありませんよ。
 一度完成させたパズルのピースを、わざわざ砕いて与えて、
 あたしらが再度組み立てるのを待っているような…」


そんな自分の心境など気付いた様子も無く、警部は言葉を紡ぎ続ける。


「まるでモルモットにでもなって、観察されているような気分になりますわ」


自分で言って自尊心を害したのか、声に滲んだ侮蔑の色。


「予言者気取りだか知りませんが、勿体付けて…まぁ、まともな神経はしてませんな」


赤ら様な、敵意。





「俺も最初はああだった」
「…そうか」


それじゃあ失礼します、と。
今回は本当に申し訳ありませんでしたと腰を折ったのを最後に、
中年の警部は自分達の前から遠ざかっていった。
心に残った燻り火。
何故、数分前が初対面であるような彼女に、
こんなにも同情的で感傷的な感情を抱くのか判らなかった。
隣の火村を見遣る。
気付けば友人はくわえたキャメルに火を付けていた。


「…それで"助言屋"なんか、彼女?」
「ああ。
 『助言の範囲でお答えします』、それが彼女のスタイルらしい。
 しかし助言にしても、事件の核心・真相・犯人に直結するような助言は口にしないそうだ。
 あくまで第三者…いや、むしろ傍観者か?
 それこそさっきの警部補の愚痴を引用すれば、
 "観察者"の位置に居ることに随分とこだわっているみたいだな」
「"観察者"、な…」
「一度完成させたパズルを再度砕いてピースに戻した上で提示する。
 ただし組み立てるのはあくまで警察。
 行き詰まると彼女が遠回しなナビゲーションを寄越す。そんな感じらしいぜ。
 まぁ先の通り、その完成図は終始口にしないって話だがな」
「なんや、ホームズとは真逆のやり方やな」
「ああ。しかし助言屋が口を出した事件は皆解決しなかった試し無し。
 まさに百発百中。
 本人の無愛想さも相まって、ああしてやっかみも買うってわけだ」


火村も、そうだったのだろう。

ふうっと紫煙を吐き出すと、目を細める。
何処か遠くを見るような仕草だったが、
実際はどうかといえば、背後の彼女へと向けられているのだろう。
自分と同じように。


「しかも貢献した結果は全て警察に返上しているらしい」
「そこはお前と同じだな」
「ま、俺と違って相応の報酬はきちんと得ているようだし、
 何より向こうは、『頭を下げて』現場に来させて貰ってる俺と違って、
 『頭を下げられて』しぶしぶ、みたいだからな」


そういう火村の声は、先程の警部と違って卑屈な色はなかった。
あるのはただひたすらな臨床犯罪学者の眼。
ただし少しだけ鋭さを潜めたそれ。

火村にこんな顔をさせるとは。
正直、恐れ入る。
ともすれば自然と零れる感嘆の溜め息。


「はぁ。しっかし世の中にはえらい女子大生がいるもんやなぁ」


さもすれば。


「別段、偉くも何ともありませんが」


この鼓膜を振るわせたのは、女性にしては低めのしっとりとしたアルト。


「わっ!?」
「くしゃみの類いは聞こえなかったな」
「幸い、アレルギーの類いとは生まれてこの方無縁なもので」


皮肉、なのだろうか。
それともただ単に根が真面目なだけなのだろうか。
火村は皮肉やら何やらを零す際にはシニカルに笑む。
しかし目の前にあるのは、個々の出来の良いパーツが無機質にもシンメトリーに配置された、
"綺麗"というよりはむしろ"整った"と、見る者にそう感受させる顔。

結局自分には、それが皮肉か否かの判断はつかなかった。


「これから現場を片付けるそうです。
 事後でも御覧になるのでしたら今の内に、と」
「そうか。わざわざ済まないな」
「いいえ」


愛想など振りまくつもりは毛頭無いのだろう。
事務処理口調もぎりぎりな、酷く淡々としたその口調。
古代ローマの白い彫刻が口を聞いたらこんな感じかと、そう思った。


「それでは私はこれで」


後になってその感想を彼女本人に告げたところ、
『有栖川先生には幻想小説の方面にも才能がお有りのようで』と、
呆れたように返されてしまったのだが。


「失礼します。
 火村助教授、有栖川さん」





そう、これは。
『火村先生』『有栖川先生』と、自分達がそう呼ばれるようになる二ヶ月前の話。



栗原翡翠様からの77777hitsキリリクで、火村とアリスとの出会いを。
もうホンマいつの話やねん的なupで本当すいません…!(滝汗)
こんなんでも少しでも楽しんで貰えたら嬉しいです。