Whispering sweet nothings.


「先生は死ぬのなら、一体どんな死に方をしたいですか?」
「随分と物騒な質問だな」


頼まれた資料をコピーしまとめたものを、持って近付き手渡せば、
静かにそれを受け取る、英都大学社会学部助教授・火村英生。


「ほら、愛憎は紙一重と言うでしょう?」


こうして彼の仕事に関する日々の雑務をこなすのは私、
彼の講義を取る一ゼミ生徒にして、
彼唯一の友人・有栖川有栖と同じくフィールドワーク助手を勤めている。


「そういう捻くれた愛情表現は生憎と好みじゃない」


そう言って、先生は何事もなかったようにまた手元の書類へと視線を戻した。


「捻くれた、ね…自分はお高い棚の上ですか」
「心外だな。俺は常日頃からこれ以上ないってくらい率直なつもりだぜ?」
「相変わらず可愛くないですね」
「可愛くなくて大いに結構」
「まあ、確かに。可愛らしい火村先生なんて、想像しただけで砂吐きそうですし」
「…同感だ」


こんな皮肉の応酬なんて日常茶飯事で。
しかもそれを互いに楽しんでいるのだから手に負えない。
そんな皮肉の量と親しさが比例しているという自分達は、
相当捻くれた人種なのだと、今更ながらにそう思う。


「別に、憎しみが人を殺人に走らせるなんて短絡的な思考を持ち合わせてはいませんけど…」


人が人を殺す理由なんて、それこそ文字通り人各々で。
憎くて人を殺す者もいれば、どうしようもない窮迫状態で人を殺す者もいる。
かと思えば私利私欲のために人を殺す者も、最悪自らの快楽のためだけに人を殺す者もいる。
人は正義のためにも、悪のためにも人を殺す。
元より人を殺すことに正義も悪もないのだろう。
あるのはただ人を殺したという事実だけ。
そしてその動機を統計的に算出することはできても、それは決して絶対のものではないから。
それを全ての人間に当て嵌められるなんて考えるのは非科学的で滑稽だ。

それでも。


「それでも、憎しみが人に自分以外の生命を侵害せしめる最多の要因なのだとしたら…」


いつの間にか、書類に落とされていた視線をまた自分へと向けて、
無表情にただ黙って耳を傾ける先生に。





「もしかしたら憎んでいるのかもしれないと」





殺してしまいたいぐらい愛していると。





「そう思うくらいには好きですよ、火村先生」





愛憎は紙一重。

憎んでいるから殺したい。
殺したいくらい憎んでる。
殺したいくらい愛してる。
愛しているから殺したい。

ああ、なんて短絡的な言語還元主義。





「…ふん。それで俺が被害者最有力候補って訳か」
「そうなりますね。まあ、元より候補者は先生一人ですが」
「今日はどちらかの誕生日だったか?」
「………本当に失礼ですね」


デスクの椅子に背を預け膝を組んで座ったまま、
くるりと器用にこちらへと身体を向ける先生。
その見目は何処ぞのアームチェアディテクティブの如く。
肘掛けに両腕を乗せ、その両手の指を交互に絡ませ、
口元は大人の余裕だとでも言うように、薄く口の端を持ち上げている。


「何、今日はまた随分と愛情過多だと思ってな」


その正面へと歩み寄り、先生を見下ろす形で立ち止まる私。


「いけませんか?」


そしてその両の肘掛けに自分の両手を各々乗せて、軽く重心を預ければ。
肩口からさらさらと流れ落ちる自分の髪。
私を見上げる形になる先生。


「で、どんな方法で殺害される予定なんだ、俺は?」


楽しんでいるような、面白がっているような、
少しばかり毒を含んだシニカルな微笑を敷き、興味深そうな目つきで先生は問う。


「そうですね…」


軽く預けていただけの重心を、そのままだんだんと前へ向ける。
相手に自分の影を重ねるように、ゆっくりと身を倒す。
影ごと自分の唇を相手のそれにそっと重ねる。

そっと口付ける。

口付けて。
相手の熱ごと奪うかのように。
深く深く、口付けて。


「───こんな具合に窒息死。どうです?」
「この程度で死ねるかよ」
「なら…」


私にしてみれば、もうすでに手遅れなのかもしれないけれど。





「それなら、私という毒に犯されて。
 ゆっくりと徐々に中毒死というのはいかがです?」





そう言って、微笑って見せれば。
それ以上に鮮やかに。





「───…上等だ」






なんて。
心底満足そうな、会心の笑みで微笑まれた。










毒殺という殺害方法ならば、一体どちらが先に殺されるのか。



私一人で逝く気はさらさらないけれど。



火村はやはり難しい。しゃ、喋り方いまいち判らん。
しかも名前変換の意味無いし…(またか)