Shine on.


「うーん…」
「まだ唸ってるの、その問題」
「そうなんやけど……う〜ん??」
「強迫による譲渡契約における第三者保護は96条1項と同条3項の反対解釈」


今現在、僕、有栖川有栖は友人、に講義で出された課題の教えを請うている。
請うてはいるのだが、如何せん講師は
彼女は『解き方』については実に判り易く懇切丁寧に、いくらでも教えてくれるのだが、
その近くまでは導いてくれても『答え』自体は一切教えてくれない。
そのため、完全にとは言わなくてもある程度自力でこなさなければ、
答えは見えてこない、辿り付けない。
教師を目指してはいかがか?と勧めたくなる指導ぶりである。

まあ先生がソレでも生徒がコレなので、この現状、なのだが。


「謎や…本気で判らん」
「…とりあえずひと休みしてからにしたら?」


そういう袋小路的な状況は、
全く関係のないことに関わっていると意外とあっさり突然に打開されるものよ。
本から視線を外すことなくは言う。
すると。


「何や、『アハー現象』に頼るっちゅう訳か」


彼女の代わりにとでも言うように、
手元の書物から顔を上げたのは我がEMC部長、江神二郎。
何やら聞き慣れない単語が出たように思うがどうだろう。


「『アハー現象』言うんですか、そういうの」
「なんや阿呆っぽい聞こえやなぁ」


予想通りというか何と言うか、反応を示したのはEMCきっての漫才コンビ。
言葉を発した順に、眼鏡のひょろりが望月周平で、ずんぐりな方が織田光次郎。

お馴染み、英都大学推理小説研究会、通称EMCの総メンバーだ。


「でも何でまた『アハー』言うんでしょうね?」


素直に疑問を口にしたモチさん。
江神さんはどうか判らないが、おそらく信長さん
(これは別に彼が織田信長の子孫だとかそういう事ではなくただのあだ名である)
も同じ事を考えていたらしく、こくこくと頷いている。
一方、『アハー現象』なるものすら何の事だかいまいち良く判っていない僕は、
当の謎の単語の発言者である江神さんへと向き直ったのだが、
実際にその答えを示したのは、軽く予想を裏切って隣りの彼女だった。


「『アハー現象』っていうのは、今のアリスみたいに思考の袋小路迷い込んだ人間が、
 それ以外の事をしているうちに突然ものの見事に解決を閃いたりすることよ。
 どうして『アハー』かと言うと、『あ、判った!』っていうのを英語では、
 『Uh-huh(aha)!』と表現するからです」


至極淡々と、言わずとも僕のための補足まできっちり付けてモチさんの疑問にそう答える。
その瞳の動きは、やはり先程とは変わらずに着々と活字を追っていた。

───器用な。


「はぁ〜? マジでか?」
「冗談だと思うなら心理学用語辞典でも引いてみて下さい」
「面倒。しっかし、そんな安直でええんかい、日本心理学会」
「そんなことを言われましても。
 まあ、いいんじゃないですか?
 いかにも日本人の安直さを表しているようで」
「はは、らしいな」


目を細めて微笑う江神さん。
ようやく本意外のものに顔を向ける彼女。


「『ユーリカ』とも言うな、確か」


笑みを敷いたまま投げかけられた問いは、
その視線と同じく彼女へと向けられたものであるらしく、
これまたしっかりと受け取ったらしい彼女は、何て事もないようにまたさらりと口を開く。
その口調は滑らかで、思考を逆に辿るような時差は感じられなかった。


「『heureka』、キリシャ語ですね」
「そらまたコアラの好きそうな名前やな」


すぐに「阿呆か」とモチさんに突っ込まれる信長さん。
きっと、というか確実に葉に毒を含んだあの有名な木の事を言っているのだろう。


「また芸が無くて恐縮やけど、何で『ユーリカ』言うん?」
「アルキメデスの言葉よ。
 アリスも知ってるんじゃない?
 王冠の金の純度を調べる方法を浴場で思い付いて、裸のまま外へ駆け出して行ったって話」
「ああ、あの有名なヤツか。溢れた水の量で王冠の体積が判ったっちゅう。
 これもまんま『アルキメデスの原理』…やったっけ?」
「御名答」
「命令を受けた職人が、王冠の制作のために与えられた金に銀をまぜて、
 その分の金を着服したのかどうかを調べるため、だったか」
「そちらもまた御名答」
「なんでそないなマニアックな仔細まで知っとるんです、部長? ついでにも」
「さぁ?」


今度は楽しそうに笑う江神さん。
その二枚目の表情につられて頬が緩むのは決して僕だけではないはず。


「…それで、その時アルキメデスが叫んだ言葉が『heureka!』なのよ」
「はー、成る程」
「相変わらず物知りやなぁ。よっ! 雑学女王!」
「いや、クイーンというよりは女帝やろ。エンプレス。
 エラリー・クイーンともかぶるしな」


またまた後輩をダシに勝手に漫才をし始める先輩二人。
その様子に半ば呆れたように、
半眼で「それはまた栄誉な称号をどうも」と小さく息を吐く彼女。
その彼女の言葉についには音を立てて吹き出してしまった僕。
やはり穏やかに微笑ってそれらを見守る江神さん。
と。


「ん…?」


ふと、視界に戻って来たさっきから同じページが開きっぱなしのノート。


「あ。」


さもそれば、ノートに這いずる自分の字がどうしてか突如整然として見えきて。


「そうか、そういう事か。だから解けへんかったんや!」


悪戦苦闘を強いられ、難攻不落と思われたその謎は、
驚く程呆気無く、いとも簡単に解体されてしまった。


「単純やなー、アリス」
「ほんまやな。暗示かかり易いタイプの人間やろ、自分?」
「…放っといて下さい」


ダシのお鉢は今度はどうやら僕に回ってきたらしく。
救助とは言わないまでも、援助を得ようと彼女の方へと顔を向けようとして。


「え…?」


視界の端に捉えたのは。
日だまりで顔を見合わせて穏やかに微笑い合う江神さんと

もしかして、こうなることを見越して、自分を『答』に導くために今までの話を?


(───まさかな)


自意識過剰だ。





でも。

それでもこの二人ならば。
あながち、あり得ない事とも言いきれないか。



馬鹿な子程、手間の掛かる子程可愛いものとは良く言ったもんで(笑)
最初なんでとりあえず紹介を兼ねてほのぼのとしたサークル風景書こうと挑戦。

あ、あと、『ユーリカ』ですが本当はラテン語なんで表記できませんでした。
本来なら3文字目のuと5文字目のeがラテン語になります。